第7話 携帯
臣吾とひなの親子関係を鑑定するのには、たったの一週間しか要さないらしい。
ひなとの五年間がわずか一週間で否定されてしまうかもしれない。そしてその一週間をどのように過ごせばよいものか、臣吾は思い悩んでいた。
「今日はパパの好きな酢豚にしてみたよ。」
美月はそう言って微笑みながら食卓に酢豚を置いた。
臣吾には美月が汚いものにしか見えておらず、できれば彼女の手作りの食事など口にしたくない、というのが本心だった。
それをぐっとこらえて、
「おいしそうだな。」
となんとか微笑む。
「あ、申し訳ないんだけどさ、今日はひなの風呂、頼める?俺ちょっと仕事の関係でしなきゃならないことがあってさ。」
あたかも今思い出したというふうに見えるよう、気を付けて臣吾は言った。
「ああ、いいよ。元々今日は私が入れようと思ってたし。」
美月は快諾した。
これで、美月の携帯を盗み見るタイミングの確保ができた…、と臣吾は息をつく。
「ありがとう。じゃあ、頼むな。」
「ママとおふろ!」
ひながうれしそうに声を上げる。
五歳にしてはひなの語彙力や話し言葉は遅れている。定期健診でも、障害とまではいかないが発達が周囲よりも遅れているというのは毎回言われてきたことだった。
早生まれの子は中学生くらいまでは成長が周囲に比べて遅いらしいというのは通説で、臣吾も美月もそこまで気にしてはいなかったのだが、他人の子供となると、いったいどこでそのような遺伝子を、と疑り深い目で見てしまう。
「パパ?」
そんな臣吾を、心配そうにひなが見つめた。
丸く黒い目がこちらを向いている。はっとして臣吾は笑顔を作った。まだ決まったわけでも何でもないのにひなを疑うなんて、という自己嫌悪にも駆られる。
酢豚の味は全くしなかった。
「よし、ひなちゃんお風呂入ろうか。」
美月がひなの手を取り風呂場に入っていくのを目で確認し、浴室のドアが閉まる音を聞いてからダイニングテーブルの上に置かれた美月の携帯を手に取る。
パスコードは先ほど盗み見ていた。
ひなの誕生日、0315を震える手でタップする。
メッセージアプリを開く。一番上に臣吾の名前、そして義母、義弟の名前、知らない名前が続く。
臣吾は知らない男の名前をバクバクと音を立てる心臓をなんとか落ち着かせながら一つずつ丁寧に確認していく。
息は荒く、落ち着かない。一人、仕事関係だな、と判断をしてまた次の一人とのトークルームを開くときに手が震える。その作業を、二十回は繰り返しただろうか。時間はどんどんなくなってゆく。
美月とひなが風呂から上がる前に何とか確認し終えなければならない…。
その焦りが、さらに臣吾の指を震えさせた。うまく画面をタップできなくなる。
何とか最後の一人まで臣吾はたどり着いた。
Reijiと書かれたそのアカウントとのトークルームをタップする。しかし、最後の一人もとうとう大学時代の友人であるようだった。同期会をしよう、というメッセージに対して美月がその日は都合が悪いの、ごめんねと返してその会話は終了していた。
…美月は浮気をしていないのか?
臣吾は浮かび上がってきたその可能性にすがりたくなる気持ちでいっぱいにな
った。
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