第6話 決意

 いいか、ノープランで責め立てるなんて馬鹿なことするなよ、きっちり証拠を掴んで詰めてからドーンだ――別れ際、直樹に言われたことを臣吾は頭の中で復唱した。

 お前が浮気に勘付いてることは悟られちゃだめだ。お前が思ってるより手強い相手だぞ、とも直樹は言った。

 まずはひなのDNA鑑定をしなければならない。…このことは、臣吾にかなりの精神的ダメージを負わせた。

 引っ込み思案な娘は、臣吾に良く懐いていた。

共働きのため、美月の産休後は育児は二人でしていこうと取り決めをしており、平日のお風呂や寝かしつけ、保育園の送迎とほぼ美月と半分ずつ担っていた。

 ひなはこだわりが強い子供で、幼いころから着る服、ヘアゴム、髪型など、自分の納得するものでないときは泣いてしまうことがあった。言葉が話せるようになってからは意思を伝えるのもうまくはなってきていたが、ひなが望んでいるものを選ぶのは美月よりも臣吾の方が得意で、そのことが誇らしくもあった。

 そんなひなが、臣吾の娘ではないなんて言うことがあるのか。

 思い当たる節もなかった。美月がひなを身ごもるまでの間、臣吾は避妊をしていなかったし、早めに子供が欲しいという美月の要望もあってある程度のタイミングを見計らってセックスをしていた。

 妊娠が分かった、と聞いたときは疑う要素もなかったし、そもそも疑うという概念が臣吾の中にはなかった。

 しかし、今のこの状況だ。

 疑ってかかって損はないだろう。そもそもひなが臣吾の子でなければ、ひな自身が美月の不貞の動かぬ証拠である。

 家に帰る前に臣吾はネットカフェに立ち寄り、そこでDNA鑑定についてや、離婚、慰謝料などについてを調べ漁った。

 美月やひなの前で平然とそれらを調べる自信がなかったからだ。それに、美月はそのようなことをするタイプではないが、検索履歴などを見られて臣吾が美月の不倫を疑っていることを把握される危険もある。それは避けたかった。

 めったに足を踏み入れないネットカフェの、板と板に挟まれたごく狭いスペースで、臣吾は必要な情報をひたすら収集していた。時折聞こえてくる隣のブースからの耳障りな咳払いさえ気にならないほどに集中し、調べたことを一つ一つ頭の中に刻み込んでいった。

 DNA鑑定は、臣吾が考えているよりもずっと簡単に、そして二万円程度でできそうだった。探偵などを付けて証拠を掴む時間と手間を考えれば、それはずいぶん簡便で安価な方法であるように臣吾には思えた。

 付き合い始めてからこれまで、臣吾は美月の携帯やパソコンを盗み見たり、出かけた先の尾行などをしたりといったことは無かった。

 それは、美月が浮気をする、ということを思いつきもしなかったからだ。

 甘かった、と臣吾は唇を噛む。

 もし直樹の言うようにひなが自分の娘ではないとしたら、美月はすでに六年間も継続的に不倫をしていたということになる。

 そんな様子はおくびにも出していなかった。

 コーヒーを口に含み、ため息をついた。DNA鑑定、そしてまずは美月の携帯の中身を調べるのに取り掛からなければならない…それは臣吾にとってとて心が重く、苦しくなることだった。

 しかし、真実が明らかにならないまま婚姻生活を継続することはもはや不可能だった。

 一度疑ってしまい外れた歯車によって、臣吾は家族のかたちを見失ってしまっていたし、ろくに眠ることもできていない。

 自分自身を変えてくれ、常に支え続けてきてくれた妻であれ、その裏切りは許されないことであり、断罪しなければならない、と臣吾ははっきりと決意したのだった。

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