第3話
ー佐野祐介ー
「ねえ、おじさん。家行ってもいい?」
俺が最寄り駅からアパートまでの道を歩いていると、明らかに場違いなセーラー服を着た少女が声をかけてきた。なぜこんな所にセーラー服の少女がいるのだろうか。近くには女子高生が住むような家はない。高校も近くにないのにこんな所にいるのはどうしてだろうか。第一こんな時間にこんな所にいて危なくないのだろうか。
「……じさん!おじさん!ねえ、、聞いてる?」
「あ、あぁ、すまん。考え事をしていた。」
「それでさ、家行ってもいい?」
「いや、、家に帰れよ。もう子供は補導される時間だぞ。こんな所にいると危ないぞ。どうせ家出だろ?」
「い、家は、やだ。おじさんの家に泊めてよ」
どうやら訳アリらしい。家に入れたくは無いが、見知らぬ男に声をかけるこいつを放っておくのは危ないだろう。
「しょうがねえ、今日泊まったら帰れよ」
とりあえず一泊させて明日帰ってもらおう。
「え、、いいの?おじさんありがとう」
変なことに巻き込まれちまったな。
「人にでも見られたらややこしい事になる。さっさと行くぞ。」
そう言うと、俺の少し後ろをついてきた。幸い家からは五分ほどだったこともあり、誰にも見つからずに少女を家に入れることが出来た。
「家、あんまり広くないね」
「貧しい独身サラリーマンはみんなこんなもんだよ。いいからさっさと寝ろ。俺はもう疲れてんだよ」
そういえば、家には布団がひとつしかない。疲れているから布団で寝たいところだが、流石に見知らぬ女子高生を床で寝させる訳には行かない。
「そこに布団があるからお前はそこで寝ろ。俺はここで寝るから」
「だめだよ。私が勝手に着いてきて泊めさせてもらうのに、私が床で寝るよ。おじさんが布団使いなよ。うちもう寝るから!」
こいつはよく分からんところで遠慮するな。泊めさせてもらうのは見知らぬ男でも声をかけるのに、こういう時は頑固だ。本当に面倒くさい。
キッチンからの騒がしい音で目が覚めた。
「あっおじさんごめんね。起こしちゃった?」
「ん……」
体を起こすと、キッチンの方で少女が何か作っていた。昨日のことを思い出す。確か、昨日は電車で帰って最寄駅からは歩いて、、そうだ。思い出した。俺がこいつを連れて帰って来たのだ。
「なぁ、お前何してるんだ?」
「なにって、朝ごはんを作ってるに決まってるじゃん?もしかしておじさん、いつも朝ごはん食べてないのかな。健康に悪いよー」
そう言って少女はにやにやと笑った。
「そうじゃなくて、何故勝手に俺の家のキッチンで朝ごはんを作っているんだ?だいたい、俺の家の冷蔵庫にはほとんど何も入ってなかっただろ」
一人暮らしの会社員は自炊することがほとんどない。少なくとも俺はそうだ。従って冷蔵庫はほとんど意味が無いほど何も入っていないのだ。
「そんなの買ってきたに決まってるじゃん。朝起きて冷蔵庫見たらびっくりだよ!こんなに中身ない冷蔵庫なんてあるんだーって思ったよ笑あ、そろそろ出来上がるからご飯食べる準備しておいてね」
完全にこいつのペースに乗せられた。とりあえず頭が働かないので重い体を起こし、洗面台へ向かう。乱暴に顔を洗い、鏡を見る。自分の顔は童顔だと思う。同窓会では、髭をはやして童顔を誤魔化しているのか、と言われたがそういう訳では無い。ただ単に剃るのが面倒くさいだけである。
「ねえおじさん?そんなに自分の顔、魅力的かな」
「お、おう。すまんすまん、直ぐに行くよ」
そうだった。こいつを待たせているのを忘れていた。
いつもほとんど使わない小さな折りたたみ式のちゃぶ台をだす。少女と向かい合うように座ると、飯を持ってきてくれた。
「よし!食べよ」
「そ、そうだな」
一口目を食べようとした時、
「ちょっと?!いただきますは?」
こういうことには厳しいらしい。
「いただきます」
「宜しい」
そういって少女は笑う
「見ての通り、ご飯と味噌汁、それに塩鮭だよ」
定食屋以外で和食を食うのは実家以来だな。
「ね、どうどう?美味しいかな?」
「うるせえな。ちゃんと美味いよ。朝ごはんを食べるのは久しぶりだがこれなら食べられる」
普通に褒めてしまった。そんなことより、これからの事を聞かないといけない。
「お前はこれからどうするんだ?家に帰るのか?」
「ねえ、昨日からお前お前って酷いな〜私の名前聞かないの?」
「お前も俺の事おじさんって呼んでんじゃねえか。お前の名前はなんだ?」
「わたしはゆり!かとうゆりだよ!えっと、かとうはふつうに分かるよね。名前は、漢数字の百に、ウマが合うとかの合うで百合だよ!一応聞くけど、おじさんの名前は?」
「一応ってなんだよ、、、おれはゆうすけ。さのゆうすけだ」
「ゆうすけって言うんだ!まあ、おじさんって呼ぶけどね笑」
「もうなんでもいいけど、これからどうするんだよ」
「あのさ、わたしは客観的に見て、美人だと思うんだよね。」
事実だが、自分でそれを言うのか……
「まあ、否定はできない」
「だからさ、目の保養とかさ、なる……よね?」
「つまり、私は美人で目の保養になるからもう少し居させてくれ、ということか?」
「大正解!わかってくれて嬉しいよ。そういうことなんだけどいいよね?」
ダメだ。もうこいつのペースに乗せられて拒否しずらい。だが、こいつ、、百合にも色々事情があるみたいだからな。
「じゃあ、家には置いておく。だが、絶対に一人で家を出るな。日中こんなセーラー服の学生がいたら面倒なことになる。あとは自由にしてくれ。昼飯は次から何か買っておくか、電話で頼んでくれ」
俺はどうしてこいつを匿っているんだろうか。知らない女子高生を家に置いておくなんてデメリットが大きすぎるのに。
「お、おじさんって優しいんだね!一泊って言われたから本当に追い出されちゃうかと思ってたよ」
「まあ、流石に行くあてのない少女を朝からほっぽり出すのは気が引けるからな」
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