第34話 収穫と整地
「……っ、あと一歩だったのに」
歓声沸き立つ蘭華応援席とは対照的に、絶好の先制機を逃した明姫月ベンチは落胆を隠せずにいた。
「切り替えよう。この攻撃を続けていれば必ずまたチャンスは来る」
「そうだね。よし! みんな、切り替えて守備いこう! ピンチの後にチャンスありって言うからね。先制点取られないよう気合い入れて守るよ!」
「よっし! この回もゼロで抑えるぞ!」
「メイ。この回は右打者が続くみたいだし、わたしは少し三遊間深めにポジション取るから二遊間の打球は極力任せるね」
「わかりました! まかせてくださいハルカ先輩!!」
それでも、
思いもよらず強豪チームと互角以上に渡り合う展開が続いて、明姫月の面々にも少しずつ“自信のようなもの”が芽生えつつあった。
「リオナちゃん。ちょっとちょっと」
その最後尾でマウンドに向かおうとしていた莉緒菜を葵が小声で呼び止めた。
「この回は積極的にスライダーを使っていこう。相手がまだリオナちゃんの
マウンドの上に上がるまでの道中で大方の投球プランを伝えきった葵は、いつも通り掴みどころのない笑顔を浮かべながら彼女なりの言葉で
「大丈夫。リオナちゃんの球は蘭華相手にも十分通用してるから。自信持ちなよ、得意でしょ?」
1人でマウンドに残った莉緒菜は一度大きく息を吐いてから視線を上げた。
強豪蘭華女子を相手に堂々たるマウンド捌きを見せる倭田莉緒菜を、興味深い存在として見つめていたのは
「大矢。藤宮。私の隣に来てくれ」
「はいっ! 監督!」
「どうしたの? カントクさん」
ここまでこれといった動きを見せてこなかった名将大柿紫も、マウンドの上の彼女をベンチの隅から静かに見据えていた。
「お前たちからはどう見えた? あの子の球は」
「あの子って、あのピッチャーのことですか?」
「そうだ。藤宮はよく球筋を見れたろう」
「あはは、三振しちゃいましたからね〜」
百戦錬磨の名将を前にしても、藤宮柚希のあっけらかんとした態度は不変だった。
「1番やっかいなのはやっぱりあの特殊なストレートですね。球速もそれなりにありますし、シュート成分が少なくてとらえたと思ってもまだバットの上でした」
「確かに私も上手くとらえきれませんでした。スライダーも思いっきり空振りしちゃったし」
しかし、何より2人を驚かせていたのは彼女の投球とはまた別の面だった。
「あんなにいいピッチャーなのに、どうしてもっと強い
「確かにワタシもあのピッチャーの名前は聞いたことないわね。1年生であれだけ投げられる子はそうはいないでしょうに」
「んー、カントクさんはあのピッチャーのこと知ってたんですか?」
「……いや、中学時代は完全に無名選手だったようだ」
「本当ですか!? にわかに信じ難い話ですけど……」
全国大会予選に決勝リーグ制が導入されたのを機に、強豪校はこぞって投手を優先的にスカウトするようになった。それというのも、予選トーナメントを勝ち抜いた強豪校同士の連戦となるリーグ戦で、全試合完投できるような投手はおらず、女子高校野球の世界でも投手の分業制が進みつつあったのだ。
そんな事情もあって、女子高校野球における『投手』の価値は『打者』とは比べものにならないほど高く、ある一定以上の実力のある投手はリーグ戦進出経験のある強豪校からスカウトされて進学することが当然のこととなっていた。それが貴重な“左腕”となれば尚更だ。
「スイング! バッターアウッ!!」
彼女たちがそんな会話をしてる間に、このイニングの先頭打者は初球以外全球スライダーを続けられ空振り三振に倒れた。
「あー、また三振しちゃった」
「コントロールも安定してるし、スライダーもかなりキレてるみたいね。もっと大きく曲げようとしてくれれば可愛げもあるのに。これは調子づかれると本格的に厄介な相手かもしれないわね。どうしますか監督。まだ一巡目ですけど早めに仕掛けていきますか?」
少なからず焦りを含んだ表情の優姫乃を他所に、大柿紫は表情ひとつ変えずにじっとマウンドの上の莉緒菜を観察していた。
「いや、策を仕掛けようにも我々は致命的にあの投手の情報を欠いている。目先の感覚だけでとらえられる相手ならばそれでいいが、そうでないなら優先すべきは
冷静沈着な彼女の言葉に優姫乃も黙って頷いた。
「今立っている打者にも伝えてくれ。一巡目は全打者ストレートを狙って強振するようにと」
「それって、つまり……」
「ああ。そういうことだ」
百戦錬磨の指揮官が優姫乃に具体的な指示を飛ばした途端、蘭華ベンチの雰囲気が一気に引き締まった。
「どんな相手であろうと我々の戦い方に変わりはない。このチームの
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