第17話 最後の夏
「おまたせー葵ぃ」
あの日から、陽葵先輩からの提案もあって2人で一緒に朝練をするようになった。
「おはようございます。陽葵先輩」
「うん。おはよぉ」
「……って、またリボンずれてるじゃないですか。髪もちょこちょこハネてますし」
「んー? ふふ、いつもありがとね〜。葵」
自分から言い出したくせに、ほとんど毎日、どうしようもなく朝に弱い陽葵先輩を私が迎えに行っていたけれど。
「それにしても、今日はどうしたんですか? 朝からブルペンで投げたいって」
それは昨夜、突然陽葵先輩から送られてきた。
「うーん? やぁ、そろそろ大会も近いし、出力上げていかないとな〜って」
「気持ちは分かりますけど、放課後の練習もありますし、それでまた肘の痛みが出たりしたら元も子もないじゃないですか」
「まー、大丈夫だよ。わたし、最近何だか調子いいからさぁ」
「またそんなこと言って……あんまりムチャすると凪紗先輩に怒られますよ?」
何気なしに私がその名前を口にした途端、陽葵先輩の笑顔がかすかにしぼんだように見えた。
「陽葵先輩……?」
少しだけ足を止めて、陽葵先輩は優しく翠色の空を仰いだ。
「ナギサちゃん、家がすぐ近くの整形外科でさ、両親がそこのお医者さんなんだよ。わたしも何度か診てもらったけど、2人とも優しくて良い
その時ようやく、凪紗先輩が陽葵先輩の怪我についてやけに詳しかった
「ナギサちゃんも2人のことすごく尊敬してて、将来は同じ整形外科医を目指すんだって」
それを聞いて、誰に対しても誠実な彼女の明るい未来が容易に想像できた。
「────だから野球は、
ふと覗いた陽葵先輩の瞳に映る景色が、涼しげに揺れていた。
「ナギサちゃんは誰よりもわたしのことをわかってくれて、ケガしてる時もチームにいやすくしてくれた人だから。だから最後は、悔いなく笑っててほしいんだ」
いつだって誰かを想うその瞳は、水底から見上げる夏の水面のような純然とした輝きを放っていた。
「わたしはナギサちゃんと一緒のこのチームで、全国大会に行きたい。最後の最後、最高の結果で送り出したい。そのために今、わたしに出来ること全てを尽くしたい」
その輝きに照らされて、思わず小さなため息が漏れた。
「まったく……そういうつもりならもっと早く言ってください。私も、少しでも先輩の力になれるよう頑張りますから」
その目をした彼女を邪魔する理由が、私にはない。
「うん。ありがとう、葵」
私も、例に漏れずその瞳に救われた1人なのだから。
その日から、毎朝2人でピッチング練習をするようになった。
そのおかげで、彼女の得意とするカーブやスプリットなどの変化の大きい球種も安定して捕球できるようになった。
2人で相談して配球のパターンも増やしたし、クイックやピックオフなどの連携プレーも練習した。
陽葵先輩につられるようにして、気づけばほとんどの部員が朝練に来るようになっていた。
誰一人として強制された訳じゃないのに、それぞれがそれぞれに必要なものを考え、練習して、その一端に私もいて。
入部した時には何もなかった私に、少しずつ、できることが増えていく。
小さなことでもバッテリーとして、このチームの一員として力を付けていく毎日は、時の流れを忘れてしまうほどに充実していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして、あっという間にその日は来た。
「……たッ!!」
その日の陽葵先輩は、試合前のブルペンからいつにないほどの強度で投球していた。
「スゴい球……」
速球はこれまで受けてきたどの時よりも強く走り、変化球は普段の感覚では追えないほど鋭く変化していた。
「どお〜? いい感じ?」
「はい……スゴいです」
恐いほどに威力を増す白球と、それに見合わない呑気な笑顔を見て思い出した。
そうだ。そうだった。
この人はいつだってそういう人だった。
「おっけー。ありがと〜葵。それじゃ、そろそろベンチ戻ろ」
「あの、陽葵先輩……」
私は、いまだに自分に自信なんてないし、どんな言葉を貰っても不安は尽きない。
「んー? どうしたの?」
けれど、全てを託せる“エース”がマウンドにいてくれることが、ちっぽけな私にとって何よりも心強いことだった。
「……勝ちましょうね。今日も、明日も、その先もずっと」
縋るように笑う私をその瞳に映して、陽葵先輩は当たり前のように私が1番欲していた言葉をくれた。
「────もちろんだよ」
そう力強く言いきった彼女はこの日、その自信に違わない圧巻の投球を見せた。
最後まで1人でマウンドを守りきり、許したヒットは2本。奪三振は9つを数えた。
相手に3塁も踏ませない快投で、チームを勝利に導いた。
初戦突破を決めたマウンドの上で、私たちはいつものようにハイタッチを交わした。
清々しい
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