第20話懺悔の定め
六月十五日、警視庁捜査一課の古井は不満げな表情で机に座った。
「何で俺達の捜査を信じないんだ・・・。」
実は前日、捜査主任から捜査の方向を変えるように上層部の連絡があったと言われた。上層部の推理では、『池上は確かにマルウェアを株式会社DNAのホームページに送り込んだ、しかし池上はあくまで誰かに命じられやったのであり、その背後に真犯人がいる。」というものである。捜査の記録を基に池上自身が犯人なのではと、捜査主任は反論したが、「たかが小学生に出来る訳が無い」と鼻で笑われたそうだ。確かに古井自身も捜査する以前はそう思っていたが、捜査を進めていくうちに可能性が発覚したのだ。
「俺は自身の推理を曲げない・・・、何が何でも池上が犯人である証拠を掴んで見せる・・・。」
そう思っていた時、電話が鳴った。古井が受話器を取ると、池袋所轄の柳崎が出た。
「古井さん、池上の捜査は進んでいますか?」
「・・・それが、上層部から捜査の方向を変えろと言われた・・・。」
「えっ、どうしてですか!!」
古井は捜査主任から言われたことを柳崎に話した。
「確かに上層部の意見に可能性はあります、しかしそれなら何故池上という小学生に、マルウェアを流す役をやらせたのでしょうか?むしろ目立ってしまっているというのに・・・。」
柳崎の意見に古井は同感だ、子供だから怪しまれないだろうと思ったつもりだろうが、むしろ目撃者が多い。
「そこなんだよ、現場の下調べまで池上がしている。普通、そこまでやらせるか?」
「それはあり得ませんね、もしあり得るとするなら池上が主犯だとする場合です。」
「とにかくその池上が何者なのか、調べて見ないといけません。」
「実は個人的な推理なのですが・・・、池上御守を調べてみてはどうでしょう?」
「池上御守・・・インターネット・D・Tの社長ですか?」
「ええ、詳しく調べて見ないと分かりませんが・・・、名字が同じことから親子の可能性があります。」
古井は柳崎の意見に関心した、もしかしたら身元の特定に繋がるかもしれない。
「分かりました、私から調べて見ます。ではこれで失礼します。」
古井は受話器を置くが早いか、古井は警視庁を飛び出してインターネット・D・Tに向かって行った。インターネット・D・Tに到着すると、直ぐに御守に会わせるように頼んだ。急に押しかけてきたので断られると思ったが、相手が警察だからか御守は直ぐに会いに来た。
「古井さん、警察とはいえアポを取ってくれないと困ります。」
「申し訳ありません、質問してもいいですか?」
「何でしょう?」
「例のウイルスをDNAのパソコンに送り込んだ人物が判明しました。」
「ほう、それがどうしましたか?」
「その人物の名前は、池上神です。」
その瞬間、御守の表情が凍り付いた。
「どうしましたか?」
「いや、何でもない・・・。」
「あなたは池上神について、何かご存知ですか?」
「ああ・・・私の息子だ。小学五年になる。」
これには古井が驚いた、思わぬところで正体の片鱗が見えた。
「本当ですか?」
「そうだ、だが神が犯人な訳が無い!」
御守は父親の顔になった。
「確かに気持ちは分かりますが、神は犯行前から下準備をしていたそうです。目撃者もいますよ。」
「そんな訳が無い!確かに私は神にコンピューターの技術を人一倍に教えてきたが、マルウェアの作り方とかを教えた覚えはない!!」
御守は神を犯人とは認めたくない気持ちが表情に溢れていた。
「では最近神の行動について、何か異変はありませんか?」
「それは分かりません、仕事柄あまり見ていないもので・・・。」
古井は御守がそういうタイプの男だということを既に感じていた、仕事に熱中するあまり疎かにしている事が多い男は世の中に沢山いる。
「それではこれで失礼します。」
古井はインターネット・D・Tを後にしたが、御守はただ俯いたまま古井に声をかけることは無かった。
あのバーベキューの日の翌日から、寛太郎は池上神に会うために奔走していた。寛太郎は二日前に、新幹線に乗って東京にやってきた。住んでいる場所は詳しくは分からないので、池袋から泊りがけで調べて見ることにした。しかし歩いても歩いても池上の姿は見つからない。人に尋ねる事も考えたが、自分が怪しまれるかもしれないという懸念から、声をかけずらかった。しかし賭けに出た寛太郎は、ある男性に声をかけた。
「あの、この人知っていますか?」
寛太郎は男に、リモートでの映像をプリントアウトした紙を見せた。
「うーん・・・あっ、この人いつも図書館に来ている人だ。」
「図書館・・・その図書館はどこですか?」
「豊島区立中央図書館だね、東池袋四丁目にあるよ。」
「ありがとうございます!」
寛太郎は男と別れると、すぐにタクシーを捕まえて豊島区立中央図書館へと向かった。タクシーから降りた寛太郎は図書館に入り、池上の姿を注意深く探した。
「それにしても、ビルみたいに大きいなあ・・・。」
そう思いながら、児童書のエリアに入った時だった。
「あ・・・、池上君・・・。」
寛太郎の視線の先の椅子に、池上神の姿があった。彼は静かに読書をしていた。
「あの・・・、池上君?」
声をかけられた池上は声がした方を振り向いた、池上は寛太郎の顔を見て目を大きく見開いて驚いた。
「か・・・寛太郎さん・・・。」
「久しぶりだね。」
「えっ、もしかして僕に会いに東京まで・・・。」
「ああ、そうだよ。」
「何か話したいそうですね。」
「ああ、一緒に来てくれるかな?」
「いいですよ、僕も正直寛太郎さんの顔が見たかったんだ・・・。」
「じゃあ行こう。」
こうして寛太郎と池上は、豊島区立中央図書館を出て近くのスターバックスに入っていった。お互いに飲み物を注文して席に座った。
「実はあの後、DNAが倒産してから僕は、自分がしたことについて振り返ってみたんだ。大逆転オセロシアムが無くなったのは嬉しかったけど、DNAが倒産して多くの人に多大な迷惑をかけてしまったことに気が付いたんだ。そしてその責任は、自分の一生を持ってでも償いきれないものだと気づいたんだ。」
注文した飲み物を一口飲むと、池上が口を開いた。
「罪悪感を感じているのですね・・・。」
「そうだ、自首しようと思っている。」
「・・・・やっぱり、頭が良いだけじゃ犯罪はダメなんですね・・・・。」
池上はてっきり反対するかと思っていたが、意外なことが彼の口から出た。
「実は数日前、珍しく父に呼び出されました。話を聞くと『今日DNAのコンピューターにマルウェアを送り込んだのは、お前じゃないかと警察から言われた。有り得ない事だろうが、お前は関係ないよな?』と言うのです。もちろんその時は否定しましたが、あの時の父の目はどこか心配をしている目つきでした。おそらくその心配の先は自身の将来でしょう、しかし考えてみると父の将来の先に僕がいないような気がしてきました。そう思うと寂しくて、虚しくて、何も変わってない事を知って・・・、やるせない気分になりました。」
池上も復讐に何の意味も無いことを悟ったようだ、世の中には価値のない行動がある事を知った。僕と池上がした事にある意味はただ壊しただけ。
「そうか・・・結局、やってみたら罪悪感と虚無感が残っただけか・・・。」
「でも僕はやってみて良かったと思います。やるかやらないか迷っているよりも、やってみて失敗した方がましですから。寛太郎さんも分かりますよね?」
「ああ、そうしていくから人間は時に大きな成功をする。だからあれこれ考えずに、成功を喜びあおうじゃないか。」
「そうですね。」
こうして池上と寛太郎は、互いに自首することを決め、その前夜の食事を楽しんだ。
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