七夕ラプソディ

薮坂

一星目


「──さて、全員揃ったな。では定例会議を始める」


 七月六日、いよいよ本格的な夏が始まったと言える夜十時。わりと賑やかなファミレスの店内、僕らの定位置ともいえるコの字型のボックス席。

 麻雀でいうと僕の下家シモチャ、つまりは右隣の席に座り、組んだ手に顎を乗せるいつものポーズで名塩なじおはお決まりのセリフを言い放った。

 賑わう店内の光を受け、きらりと煌くメタルフレームのレンズ。その言葉、その立ち居振る舞いから怜悧な印象を受ける男であるが、しかしただのアホである。


「……どれだけバイトと大学が忙しくてもよォ、この会合だけは外せねぇよなァ」


 引き締まった体躯を背もたれに預け、加西かさいはニヤリとしながら言った。健康的に焼けた肌、短く刈り込んだ黒い頭髪。ともすればスポーツマン的な爽やかさを感じる男だが、その実こいつもアホである。

 僕の対面トイメン、つまりは窓側の席に座った加西はドリンクバーで汲んできた炭酸ジュースで唇を湿らせ、遅れてきた僕に言う。


「遅かったじゃねぇかよ、三木みきィ。バイトが長引いたのか? ま、とりあえず座れよ」


 まぁ、そんなとこ。そう答えながら僕はいつもの席に着く。これで全員。幸運なことに、僕の左隣の席を埋める存在はいない。というかいたら困る。これ以上、アホの知り合いは増やしたくない。

 溜息混じりで僕が席についたのを見計らい、名塩があらかじめ汲んでくれていたアイスコーヒーを差し出してくれた。いつもの無糖の氷抜き。名塩も同じものを飲んでいる。つまりは三人ともノンアルコールだ。



 僕らは華の大学二回生。この年代の人間はアルコールで動いてると言っても過言ではないかも知れないが、僕たち三人は過去、酒を一切飲まないと誓ったのである。理由は簡単。新歓コンパで、わりと可愛い先輩にジェットストリームアタックをカマしてしまったから。そんな僕たちについた渾名は、『ゲロい三連星』。


 当然ながらその可愛い女性が揃う『お気楽テニスサークル』入ることは叶わず、他のサークルに行こうにもジェットストリームアタック(三連ゲロ)の噂の広まりのせいで、どこもかしこも入部拒否状態となってしまっていた。つまりは出だしを完全に失敗したのである。それが今から一年と少し前のこと。


 その後、紆余曲折を経て僕たちは謎研究会(通称、謎研ナゾケン)というサークルに所属することになったのだが、ここでも一悶着どころか三悶着、いや五悶着くらいあって、現在は謎研自体が活動休止状態なのである。

 せっかく大学生になったのに、僕たちは高校時代から全く変わっていない。つまりは不本意ながら、ずっとこの三人でつるんでいるということだ。学科は違えど大学は同じ。これはもはや腐れ縁。



「どうした、三木。物思いに耽ったような顔をして。また学科で企画された男女混合イベントから外されでもしたのか」


「お前もかよ、三木ィ! オレもナチュラルに外されたぜ! 今度の夏イベント・水着で海辺のバーベキュー! 誘いもされなかったぜチクショォォ!」


 目から汗(のようなもの)を迸らせ、唇を噛みながら加西は叫んだ。ただでさえ暑いのに体感気温が上がるようなことはつつしんで欲しい。いや、つつ死んで欲しいと言った方が正しいか。


「加西、お前もか。俺もさらりと外された。俺の学科は、廃墟での肝試し大会だったが」


「吊り橋効果で縮まる距離、ってかァ? クソが! オレたちが何をしたってんだ。普通に生きてるだけなのによォ!」


 普通の人間は、可愛い女性にゲロなんてブチ撒けない。それも三連続などあり得ない。僕らはもはや普通ではないのだ。不本意極まりないことであるが。


「三木、様子が変だぞ。本当に大丈夫か」


「……いや、何でもない。ちょっと悲しくなっただけ」


「何を悲しむことがある。今日の会議が、明日の俺たちを明るく照らすのかも知れんのだぞ」


「そうだぜ、三木ィ。何を悲しんでんのか知らねぇが、俯いてるヤツに幸福は訪れねぇよ。だから切り替えて行け。知ってるか? チャンスの神様にはな、シモの毛がないらしい。つまりは前だけ見てろってこった」


「それ言うなら後髪だから! 意味も間違ってるし今の完全にアウトだからな!」


 あぁ、しまった。またいつも通り突っ込んでしまった。苦虫を噛み潰したような僕を見て、名塩と加西はニヤリと笑う。そして名塩は言った。


「三木の調子が戻ったところで、始めるぞ」


「いや戻ってないし」


「前回の会議から約二週間が経つが、誰か彼女ができた者はいるか。いたら挙手してくれ」


 綺麗に無視かよ。まぁいい、不本意ながらこれもいつものこと。僕は投げやりに言葉を返してやる。


「……あのさ、名塩。これ毎回やってるけど悲しくなんない?」


 と、名塩に言ったつもりなのだが。躍起になって返したのはもう一人のアホである加西だった。顔を真っ赤にし、唾をも飛ばす勢いで答える。


「おい三木、なに言ってやがる! そんなの悲しいに決まってんだろ! でもよォ、今オレらが置かれているこの現状を認めねぇと、この先の成長は見込めねぇ! だからこれは必要な痛みなんだよ。痛みなくして成長なし、ってヤツだチクショウ!」


「あのな加西。前の冬にもこの春にも、加えていうとゴールデンウィークにも物凄い痛手を負ったろ、僕たちは。忘れたとは言わせないぞ。いや思い出したくはないけどさ」


 あの辛い戦いの記憶が蘇る。

 鮮明に蘇られると軽く吐き気を催すほど、それはそれは厳しい戦いだった。

 とにかく。そんな風に痛みを負いまくっているのにも関わらず、僕らはまるで進化していない。もはや人として退化しているのではなかろうかと思えるほどに。


 そう、あれは……いややっぱやめとこう。思い出してもロクなことがない。

 手元にあった手付かずのアイスコーヒーに口をつけると、いつもより苦い気がした。



【続】



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