最終話 しあわせになれますか?

「おはよう。今日は英子えいこちゃんに紹介したい子が病院にいるんだ」


 私が目覚めてから一週間後。


 退院して療養りょうようしていた私にとってはきゅうすぎる話だった。


「ああ、ちょっと待って下さい、蛭矢えびや君。あーあ、髪はボサボサだし、メイクはしてないし……」


 しかも私が学校というしがらみに捕らわれずに休日を満喫し、優雅に寝ていた朝方にこれだ。


 慌ててメイクポーチを手に取り、化粧をしようとした私を蛭矢君が止める。


「英子ちゃん、慌ただしい所、ごめん。もう時間がないから」

「きゃああ? ちょっと、スカートがめくれちゃう!」

「それじゃあ、食事中にすみません。英子ちゃんのお父さん、お母さん。英子ちゃんをもらいます」


「どうぞ、ご自由に♪」


 私の体がひょいと軽々しく持ち上げられ、お姫様抱っこ状態で外まで運ばれる。


 ちなみに、あの悲惨な世界のように私の両親は交通事故にはあってなく、私の父と母は健在だ。


 今は夫婦仲良く、ほのぼのと朝ご飯を食べていた。


****


「ひゅー、英子たち、見せつけちゃって。早くも熱々カップル誕生だね」

「お二人さん急げよ。バスに間に合わないぞ」


 家の近所にあるバス停では大瀬おおせ君と美伊南びいなちゃんが待っていた。


 私たち二人がちょうど到着すると待ち構えたかのようにバスがやって来る。


 こうしてそれに飲み込まれ、例の蛭矢君が話していた病院へ行くのだった。


****

  

「ここは私が入院していた病院ですね」

「そうだよ。ちょっと中庭まで来てくれるかな。美伊南と大瀬はここで待ってて」


 私は蛭矢君から手を引かれて大量の花が咲き誇る中庭へと連れてこられた。


 そして、彼はピンクのガーベラが一部分無い部分を指して、その床下に添えられた同じピンクのガーベラの花束たちを示す。


「ここは誰かの墓標おはかでしょうか?」

「ああ、僕の妹の夜美やみのな」

「妹さんがいたんですね」


「ああ、数年前に足の病気にかかって亡くなってしまったけどね」

「あっ、すみません」


「いや、いいよ。今まで黙っていた僕が悪いし……。それに今日紹介する相手はこの子だから……。英子ちゃんうなされながら、たまに夜美の名前を呟いていたから、まさかねっと思ってさ。それでここへ連れてきたんだ」


「えっ、私は知らないですが?」

「そうだよな。夢の中なんて起きたら、ほぼ忘れてしまうって話だしな」


「……そうじゃな、それにはワシも同感じゃな」


 そこへ、サンタのように長い白髭を生やしたおじいちゃんが、きさくに話しかけてくる。 


 あれ、どこか親近感を感じるのはなぜかな?


「あっ、鰯野いわしの院長」

「おお、福与賀ふくよか君。ひさしぶりじゃな。隣の女性は?」


「初めまして、真締英子ましめえいこです」

「そうか、君が院内で噂になっていた英子ちゃんか。体はもう大丈夫かの?」   

「はい。心配して下さり、誠にありがとうございます」

「いいや、そんなに堅苦しくせんでええよ。院長ってのはただの肩書きじゃからの。結局は力量不足で夜美ちゃんを救えなかったからの……」


 鰯野さんが私の方を品定めするかのように眺めている。

    

「それにしても夜美ちゃんに似てるのお。こんなべっぴんさんを連れてきて、福与賀も隅におけんわい」


「そっ、そんなんじゃないですよ!?」

「ええ、それに関しては同感です……」


「何じゃ、そんなに仲が良くても二人とも付き合っておらんのか?」


「……まあ、まだ若いし、先は長いからの」


 鰯野さんが去ろうとした時に彼の白衣から一冊のピンクの大学ノートが滑り落ちる。


「すみません、落としましたよ」

「おおっ、すまんのお」


ツイート全集』と黒マジックの手書きで書かれたノートを渡すと鰯野さんは、はにかみながら受け取った。


「これは夜美ちゃんとの交換日記でな。彼女がいなくなった今でも大切にしておるワシの宝物じゃ」


「……入院して治療しながらも彼女はX(旧Twitter)だけは毎日更新しておっての。よくワシとツイートのネタを考えておったよ……中身を少し見てみるかの?」


 鰯野さんが、私にそのノートのページを開いて私に見せようとする。


「いえ、このままの方が幸せという言葉もありますので。彼女とのは鰯野さんの胸に留めておいて下さい」

「そうかい。案外、律儀りちぎさんじゃのう」

 

「……じゃあの、お邪魔なワシはこれにて消えるぞい」


 胸ポケットにあった煙草を口に加えたまま、奥にある喫煙所へと足早に歩いていった。


****


「英子ちゃん、夜美はさ、この中庭がお気に入りでね。特にピンクのガーベラが好きだったんだ」


 蛭矢君がガーベラの花びらに優しく触れると、花に溜まっていた朝露がハラリと茎の方に流れていく。


「ピンクのガーベラの花言葉は感謝。夜美はこの世界に関わったすべての人に感謝していた。そして生まれ変わったら夢をつかさどる妖精になりたいと言っていたよ」

「夢の妖精ですか……?」

「そう、そして人々の夢に現れて、苦しくて怖い内容より、明るくてスカッとする夢の内容にしたいと……。

彼女は現実では嫌な状況でも、寝ている時だけでも楽しい思いをしてもらいたいとも話していたな……」


 蛭矢君が眼鏡を外して涙がこぼれる目頭を押さえていた。


「──蛭矢、もう一人で抱え込まなくていいんだよ」

「えっ?」

「そうだ。これからは俺たちが蛭矢を支えるからな」


 そこへ、私の周りに現れた大瀬君と美伊南ちゃんも似たような事を口に出す。


「お前ら、いつのまに中庭に?」

「あっこで煙草をプカプカ優雅に吸ってる髭面のお医者さんから、お前らも行ってやれって言われたんだよ」


 美伊南ちゃんが遠くにある喫煙所を指差すと、そこにいた鰯野さんが多少オーバーに握った拳を宙に上げ、頑張がんばってポーズをしている。


「あの口軽ジジイ、ふざけやがって……」

「まあ、いいじゃないですか。それより、もう帰りましょうよ」

「それじゃあ、帰りにコンビニ寄っていい? 美伊南、限定スイーツ食べたいから~♪」

「それには私も賛成です♪」


 こうして、私たちは病院を抜け、長い家路に向かってゆっくりと歩み出すのだった……。   


****


 そう、お惚けなこうこうせいがゆるふわなこんとのような毎日をおくっても……。


「こんな物語のように多分、幸せになれまーす♪」


 あれ、多分ですか?


 まあ、人生というものは何があるか分からないからね。


 長らくの間、私たちの物語に関わって下さり、誠にありがとうございました。


 皆さんも良き人生を。


 やれやれ、カンペ読みも緊張するなあ……。


 以上、この物語の主人公の英子からでした。


「ガラガラガッシャーン!」

「きゃっ!?」


 いや、コントだからって、天井からの金タライは要らないでしょ!


「まさに、ドンドコタヌキの大爆笑~♪」

「もう、このままじゃスムーズに終わりませんからハラグロタヌキ(蛭矢君)は黙っていて下さい!」


『ポカポカポカ!!』

「ぶべら、はべし!?」


 fin……。

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お惚けなこうこうせい4にんでも、ゆるふわなこんとのような毎日をおくったら、しあわせになれますか? ぴこたんすたー @kakucocoro

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