第42話 駆けつけた先で事件
「──何だって、
「どうしたの。
「英子が喫茶店の中で倒れたらしい」
「えっ、ガチのやつ!?」
ソファーで寝転がりテレビを見ていた
幸いカップはプラスチック製なので床には中のホットミルクが散乱しただけだ。
「それ、大丈夫なの!?」
「分からん。今は意識はあるらしいけど、とりあえず急いで病院へ行こう!」
「うん、分かった」
俺たちは英子が入院した病院へと急いだ。
「ねえ、英子がまた目覚めなくなったとしたらどうする?」
俺が車を停めて、病院の駐車場から降りると彼女が暗い表情でポツリと呟いた。
「美伊南、らしくないぜ。縁起でもないこと言うなよ」
「だってさ、英子は何年も寝たきりになったままだったんだよ。今回は神様がくれた奇跡みたいな感じだったじゃん」
「まあ、落ち着けよ」
「じゃあ何で大瀬は平気なのよ?」
俺は美伊南を優しく抱き寄せてから彼女の手のひらを掴み、自身の胸へと当てる。
自分でも理解できるほどに高らかに脈打つ心臓の鼓動音。
それに触れ、今まで
「分かるか。俺だって心臓が張り裂けそうな気持ちになってる」
俺に涙を見せながら上目遣いを向ける彼女。
その涙が頬を伝わり、俺が着ている黒のテーラードジャケットに染み込んでゆく。
「俺たちは英子の友達だろ。その友達に何かあったら冷静さを保たないとどうする。あたふたして相手を不安させるわけにはいかないだろう……それに英子は強く生きてきた。その頑張った行為が無駄になるはずがないだろ」
「……うん、そうだね」
「だから暗い話は止めよう。何があっても前向きに生きないと人生損するぜ。
──じゃあ、行こうか」
「うん」
俺たちは焦る気持ちを抑えきれずに病院の建物へとダッシュした。
****
「ええっー? ただの寝違い?」
「そうそう、喫茶店の座席に座ったままずっと微動だにしなかったから、もしかしてと思ってさ」
医師の
「……でも電話では倒れたって聞いたよ」
俺も美伊南のその言葉に同意して、頭を
「ああ、あれは貧血さ。退院したばかりでまだ生活に慣れなくて、ここ最近ろくな食事を採っていなかったらしい」
「はあ? じゃあ俺たちは取り越し苦労だったってことかよ?」
「……まったく心配させるなよな」
「ごめんなさい。みんな……」
ベッドに仰向けになり、栄養剤の点滴を受けている英子が少しだけ体を起こし、すまなさそうに頭を少し傾ける。
「いや、英子が悪いんじゃない。コイツの
「あいたたた。ぐるじい!?」
俺は蛭矢の背後に迫り、首をギリギリと締めあげる。
その攻撃なら逃れられずに蛭矢はバタバタともがき苦しんでいた。
「この心配かけて……蛭矢のお調子者さんがぁー!」
さらにそこへ追加攻撃、美伊南のたこ焼きパンチが蛭矢の頭にポカポカと
顔が泣き面からして、彼女なりに心が冷えるような想いだったのだろう。
「……二人ども分がっがら、ごめんごめん……」
「心に誠意がこもってないんじゃあ!」
「ふぐお!?」
二人のダブル攻撃により、眼鏡が外れかけた蛭矢が白目を剥きながらバタバタと
「美伊南ちゃん、大瀬君止めて。それ以上やると蛭矢君が死んでしまいます」
英子の天使のような優しさから我に戻る夫婦。
「確かにそうだね。こんな子豚ちゃんの殺人犯で捕まりたくない」
「誰が子豚やねん。もう成人済みだぞ」
「いんや、美伊南たち夫婦からしたら、病院の近くの池で入院患者とザリガニ釣りして楽しんでるからにアンタはまだ子供よ」
「なっ、あれを見ていたのか。釣りは男のロマンだぞ。それに釣っていたのはバスだぞ」
「バスも、パスも対して変わらんわ」
「いや、魚と紙切れじゃ、全然状況が違うだろ!」
確かに釣り目的でパスポート使って海外に行くのは色々と面倒だからな。
デカイ魚は釣れるけどな。
「──ああ、もう夜も遅いし、他の患者さんの邪魔になるから帰った、帰った」
苦笑いを含んだ蛭矢が俺たちをぱっぱっと追い出しにかかる。
「はーい、英子じゃあね」
「またな」
****
「ふう、行ったようだな……」
二人が居なくなったのを確認して蛭矢君がようやく口を開く。
「──英子ちゃん、本当に気をつけてくれよ。下手をしたら重い合併症になるぜ」
「……えっ、何のことですか? ただの寝違いですよね?」
「あれは冗談だよ。あれからきちんと調べたらヘルニアになりかかっていた。傷口の化膿止めや痛み止めの薬とかちゃんと飲んでる?」
「いえ、最近痛くないですから服用はしてませんでした」
「それじゃあ、駄目だよ。今回は運が良かったで済んだけど下手をすると寝たきりになっちゃうよ。まだ傷は完治していないんだから」
「はい、すみません……」
そうか、私のワガママで大勢の人に迷惑をかけたね。
これからは気をつけないと。
「それより、英子ちゃん。明日は天気が良いみたいだから病院の中庭に行かないか?」
「えっ、
「さあ、何だろうね。蛇が出るか、じゃがいもが出るか♪」
そう言った蛭矢君はどこかしら楽しそうな目つきで窓から見える星空を眺めていた。
「ああ、明日は夜美ちゃんお手製のミートボールが食べたくなってきたな」
ふと、窓ガラス越しから見ると、たぷたぷのお腹を揺らしながら、蛭矢君は何処と無く笑っているように映っていた。
「蛭矢君のシスコン……」
「えっ、僕も好きだな。キャラメルソースがかかった甘いやつ」
「もう、東○トのお菓子、キャ○メルコーンのことじゃありません……」
この人の頭の中は食べ物のことしか眼中にないのかな。
第42話、おしまい。
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