第34話 初出勤でトラブル

「あっ。美伊南びいなちゃん、おはようございます……」

「おはよう、英子えいこ。そんなに顔を赤くしてどうしたの?」

「……やっぱり、これは恥ずかしいですよ……」


 美伊南ちゃんのおじさんの中華料理店にやって来た私は、暖房のよく効いた休憩室にいる中、人目を気にしながら彼女の手前で茶色のダッフルコートを脱いで、薄緑のセーターをまくりあげた。


「へえ、ちゃんと水着着てきたんだね。しかもスクール水着とは」

「この水着しかサイズが合わなくて……。──でも美伊南ちゃん、今は冬場ですよ。これじゃあ余計寒い気がしますが……」

「大丈夫。調理場はたくさんの火を使うから、リンボーダンスをしたいくらい十分に暑いよ。それに……」

「それに、何ですか?」

「いざとなればホールで接客するときに、それ趣向の男どもがわんさか集まりそうだし♪」

「なっ、接客するなんて話が違いますよ!?」

「まあまあ、これも1つの人生経験と思えば……みんなで卒業旅行に行くんだよね?」

「ううっ、分かりました……」


 そうだよね。

 卒業旅行の資金を貯めるためだよね。

 背に水着は変えられない。


「──やあ、久しぶり。君は英子ちゃんだっけ。今日からよろしく頼むよ」


 後ろから扉が開き、威勢の良い声が響いてくる。

 振り向くと美伊南ちゃんのおじさんが煙草を吸いながら挨拶してきた。


「おっと、すまんね。未成年の前だし、火を消さないと……」


 おじさんが携帯灰皿に煙草を捨てると、部屋の洗い場で丁寧に手を洗い、私に握手を求めてきた。


「ど、どうもです……」

「かっかっかっ、そんなに緊張しなさんな。特別難しい仕事はさせないからさ」

「よろしくお願いします……あっ、あの……」

「んっ、どうかしたのかい?」

「あの、やっぱり水着で仕事をするのは勘弁してもらえないでしょうか?」


「はあ? 何のことだい?」

「だから水着でキッチンとかで仕事をするのが……」


「かっかっかっ、何を言ってるんだね。怪しいお店じゃあるまいし、そんな格好で仕事なんかやらせないよ」

「でも、売り上げを伸ばすとかどうとか……?」

「……どうせ、また美伊南ちゃんの悪知恵だろ。あのお気楽セクハラ娘は後からから気にするな」


 良かった。

 ただの美伊南ちゃんの悪ふざけだったんだ。

 凄く焦ったよ……。


「それよりも英子ちゃんはホールで仕事をしてみようかね。大丈夫かい?」

「えっ、でもベルトコンベアの流れ作業で、ひたすら餃子を作るのが仕事だと聞きましたが?」

「かっかっかっ。またあのじゃじゃ馬娘の発言かい? こんな狭い部屋のどこにコンベアが入るスペースがあるんだい?」

「あっ、はい……そう言われてみればそうですね」


「それに餃子作りは生地を伸ばしたり、練ったりする力仕事だからね、か弱い女性にはまずやらせないさ。だから安心しな」

「はい、分かりました」


 早速さっそく、私二人はオープンキッチンのあるフロアへと案内された。


 美伊南ちゃんの頭には大きな二つのたんこぶが、おだんごの固まりのようについていたけど……。


****


「じゃあ、開店前に少しだけ流れを説明するな。みんな集まれ!」


 どうやらここで作業工程を説明するみたい。


 その言葉に、あの二人もこのキッチンから、さらに奥に繋がった部屋から顔を出してきた。


 白い作業服に白のエプロンを着けた大瀬おおせ君に蛭矢えびや君だ。


 二人とも、もう朝早くから来ていたんだね。


「まず、男性陣は主に調理にまわる。蛭矢、大瀬、今日が初めてで色々と大変だろうが頑張ろう。何かあったら現場にいるわしに聞くように」

「「はいっ!」」


 目といい、表情といい、凄い意気込み。

 二人とも、気合い満点だね。


 ……というか鼻息が荒くて、目がすわっているのが少し気になるな……。


 早くも餃子作りに洗脳された?

 まあ、そんなわけないか。


「そして、女性陣二人は接客にまわること。英子ちゃん、分からないことはここのホールを熟知じゅくちしている美伊南ちゃんに聞いてくれ」


 おじさんが美伊南ちゃんへ優しげな目力めぢからで合図する。

 

 それに対して、サメのように八重歯をちらつかす美伊南ちゃん。


「……えっ、美伊南ちゃん。ここでバイトしたことあるのですか?」

「うん、オジさんのお店ではたまにお手伝いしてるからね」


 なるほど、それでこのバイトを薦めたんだね。 


 とりあえず仲間が仕事選びに迷ったら、自分が好きになった仕事を選択してみる。


 美伊南ちゃん、意外と策士だね。


「──さて、それじゃあ各自、今日一日頑張ってくれ!」

「「「「はいっ!」」」」


 男性陣が厨房に消えたのを見計らって、私は美伊南ちゃんを呼び止める。


「美伊南ちゃん、とりあえず下に着ている水着は脱いでもいいですか?」

「ええっ、ホールでセクシーな姿を見放題だったのに……」

「……やっぱり美伊南ちゃんの趣向ですか?」

「さて、なーんの話かな♪」

「都合よく誤魔化さないで下さい……」


****


「ふー、何とか終わったね」

「結構、お客さんが来ましたね」


 私はサロンエプロンのシワを伸ばしながら、無人になった店内を見渡す。


 特にお昼時のお客さんが多かった。

 みんなやっぱり中華料理が好きなんだね。


「まあね。英子ちゃんのセクシーな写真を客引きのポスターにして、SNSに上げたからね」

「えっ、ちょっとその写真は何ですか?」

「なーに。学校のプール広場で大胆な水着姿で胸元を寄せているポーズなんだけどさ。ロリなファンを中心にネットで大好評でさ」


 美伊南ちゃんがスマホから、その写真を突きつけてくる。


 確かにプールサイドでカメラ目線で何やら恥ずかしいポーズをしているね。

 

「でも、こんな写真撮られた覚えはないのですが? それにこんな派手なビキニの水着とか持ってませんし、少し胸が大きいような気がしますけど?」

「まあね、首から下は美伊南が着た水着だから♪」

「……勝手に写真を加工しないで下さい!」

「まあまあ、そう怒らなくてもいいじゃん」

「これからは出会い系サイトの真似事は止めてもらえますか!」

「HEY HEY~♪」


****


 それから一日目のバイトを終えて、お店のまかないを食べ終えた私たちは男性陣より早めに帰らされたのだった。


「大瀬たち、餃子作り頑張って」

 

 美伊南ちゃんが星空に向かって何やら祈っている。


 何だろう。

 別に七夕の季節じゃないのに?


「美伊南ちゃん、早く帰りますよ」


 そして、私たち二人は帰りにコンビニに立ち寄り、夜食の食材を買って帰りました。


 美伊南ちゃんが熱々なおでんの紙容器を片手に、季節外れのスイカバーをかじっていた姿には唖然あぜんとしましたけど……。



第34話、おしまい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る