第24話 折角のクリスマスだから

「さて、クリスマスケーキも全部売り切ったし、僕はこれで自由だぞー!」

「──あっ、蛭矢えびや君、お疲れ様です」


 私が昨晩から気になって、朝早くあの商店街に行ったみたら、感涙かんるいの声を上げている蛭矢君がいたから驚いたよ。


 本当に朝までかかったんだね。


「おっ、英子えいこちゃん、おはよう」

「蛭矢君、大変でしたね」

「ああ、でもこれから受験勉強があるんだ。受験生は忙しいよ」


「……蛭矢君、今日くらいは勉強は無しにしませんか?」

「えっ、どうしてだい?」


 電柱の物陰に隠れて、小動物のように震える蛭矢君。


 何か私、変なこと言ったかな?


「こんなに頑張っていきなり勉強だなんて、残忍ざんにん過ぎますよ。たまには一時ひとときの休みが必要です。だから、私とお出かけしませんか?」

「──はあいいいー? こんな可愛い美少女とクリスマスでえと!?」


 急きょ、九官鳥きゅうかんちょうの狂ったような叫びをあげる蛭矢君。


 こちらへ歩く姿がぜんまい仕掛けのカクカクなロボットの動きで、もうどこから突っ込んでいいか分からないよ。


「コレハテンノミチビキカ、アリガタキシアワセ」

「蛭矢君、そんなに緊張しなくていいですよ」


 声色こわいろまで一昔前のロボットの喋り方になった蛭矢君の背中をさすり、気分を落ち着かせる。


「はうぁ、こんな美少女に触られるとは。一瞬の戸惑い、一生の幸せ……」

「……蛭矢君、鼻血が出ていますよ」

「あっ、わりい。年甲斐としがいもなく興奮しちまった……」

「まだ、そんな歳でもないでしょ?」

「そだな。まだ血気盛んな学生だもんな」


「じゃあ、お風呂に入って仮眠してから身支度を整えて、お昼前くらいに出かけましょうか?」

「ちょっと待て、僕に仮眠なんて要らない……」


「……とか言って、映画館とかに入ったら爆睡するたちでしょ?」

「ふっ、ばれてしまったか……」

「その発想は最低ですね……まあ、それはいいですから今は休んで下さい」

「はいよ」


 私は小さくなっていく蛭矢君を眺めながら早速お出かけ先の地図をスマホで検索するのだった……。


****


 近くの喫茶店でのんびりとコーヒーを飲みながら過ごす正午前、11時過ぎ。


 そこへカランカランと鳴るベルの音。


「いらっしゃいませ」


「まっ、待ったかな? 英子ちゃん!」


 そのドアから足を踏み入れた人物は、アニメ柄のジージャンとダメージジーンズの似つかない組み合わせで私の名を呼ぶけど、こっちが逆に恥ずかしくなってくるよ。

 

「英子ちゃん、さあ行こうか」

「蛭矢君、あの……」

「何だい、僕の登場に惚れたかい?」

「……とりあえず、洋服屋から行きましょうか」

「がってん勝負のすけ!」


 あまり意味の分かっていない蛭矢君を店から追い出しながらレジでお金を払う。


「英子ちゃん、お金なら僕が出すよ」

「いいから、蛭矢君は外で待っていてもらえますか……」

 

 周りのお客さんの影からの喧騒けんそうを聞いていると頭がクラクラしてくる。


 まさか彼があんなにもハチャメチャな服装で来るなんて……。

 

 これは先が思いやられるね……。


****


 ──まずは洋服選びにて。


「英子ちゃんも服を選びに行くのかい。だったら僕もついていった方が?」

「違います。私が選ぶのは下着です」

「えっ、男みたいな胸なのに?」


 グサッ!


 ──そして、レストランで遅めの昼食にて。


「このショボい料理がフランス料理?」

「でも美味しいでしょ」

「そんな味うんぬんより、こんなに少量で足りるのか? ダイエット食だと胸まで栄養がいかないぞ?」


 グサッ!


 ──さらに午後の映画鑑賞にて。


「素敵な映画でしたね。私的にはラストの生き別れの恋人と巡り会う場面に涙が溢れそうでした」

「そうだな。あの女優さん、爆乳だったな。いつもペッタンこな胸ばかり見ていたから目の保養になったよ」


 グサグサッ!!


 そのまま痛恨の一撃が積み重なった攻撃に私はふらりとよろめく。


「英子ちゃん、大丈夫か? 牛乳飲むか?」


 頭、カチーン!!


 ついに堪忍袋の爆弾の紐に火がついた!


「もう、蛭矢君。いい加減にして下さい! 私をいるのですか!」

「何を怒ってるんだ? おちょくるもなにも事実だし?」

「……だからと言って私の胸と比較して楽しいですか?」

「比較? ははっ。そんなの気にしてたのか?

──あれはただの言葉のあやさ。英子ちゃんは今のままでも十分可愛いよ」

「蛭矢君……」


 私の胸がきゅんと締めつけられる。


 蛭矢君は口が悪いけどいざとなったら優しさで包み込んでくれる。

 

 例え、相手が太っていて、度数の濃い眼鏡をかけて、真冬なのに汗っかきなマニアックなオタクでも最後はきっちりと男らしく決めてしまう……。


「──そう、それはまるで鹿児島名物黒豚とんこつラーメンのような異世界にワープしたような気分だった……」

美伊南びいなは醤油ラーメンが好きだけどね」


 大瀬おおせ君と美伊南ちゃんが微笑みながら繁華街の建物の影から顔を出す。


「……あっ、あなたたち、ひょっとして私たちをつけていましたか?」

「……ああ、お陰でいい写真が撮れたぜ──何てな♪」

「そうそう、美伊南たちは温かく見守る立場やから、邪魔はしないよ」


 そうやって二人は忍者のように、また物陰に隠れていく。


 影から見られてると分かると余計にやりづらい……。


「英子ちゃん、明後日の方向向いてどうしたの?」

「──あっ、いや、気になるセミが物陰に潜んでいまして……」

「英子ちゃん、今、真冬だよ?」


 蛭矢君が心配そうに私を見ている。


「──まあ、それよりもう夕方だからさ、休憩所を探そうか」

 

 蛭矢君がとある場所を指さす。


 その場所はピンクの電光板の装飾がチカチカと点滅する愛をはぐくむ建物……。


「え、蛭矢君。私たちにはまだ早いよ?」

「今さら恥ずかしがるなよ。僕に任せたらいいからさ」


 蛭矢君に手を握られ、グイグイとその建物の方向へ引っ張られる。


 いや、私にも心の準備というものが……。


 ああ、彼も男なんだね。

 

 その求めに対して私は身も心も受け入れるべきなのかな……。


「──さあ、行こうか。英子ちゃんは三時間パックにしとこうか」

「はあ?」


 そんな彼が辿り着いた場所はラブホテルではなく、隣に建っていたネットカフェだった。


「蛭矢君、何ですか! まるで私が痴女ちじょみたいじゃないですか!!」

「びでぶ? 訳がわからん? 何で殴るんだよ!?」


 そんな迷える子羊たちへ。

 メリークリスマス……。



第24話、おしまい。

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