第21話 深淵の檻の中で(シリアス編、予兆)

「うっ……こほこほっ」


 私は軽く咳き込みながら暗闇の中で目を覚ました。


 ここはどこかな?


 そうやってとっさの判断でおかれている状況を理解する……どうやら暗くて狭い部屋の中でベットに横になっているみたい。


 ──また周りには無機質な機械ばかりが並んでおり、その機械からは沢山のコードや管のような物が通っていて、身体中にはそれらの様々な管が通され、顔にもマスクのようなカップを付けられている。


 ──とりあえず体を動かしてみる。

 

 体を繋ぐ管の先から微かに痛みを感じたが、動けないようではない。


 私はベットから静かに起き上がり、息苦しいマスクを外し、体に着いている管をすべて抜き取る。


 それからベットから下りて、廊下へとおもむろに出た。


****

 

 ……ここは病院?


 ロビーの壁に備え付けている時計は深夜の2時を指していた。


「──なんですか」

 

 すると深夜にも関わらず、どこかの部屋から話し声が耳に飛び込む。


 私は声の先に体勢を低くしてその話が漏れる扉ににじりよってみる。


「……ああ、最善の手は尽くしたが、あの子はもう手遅れじゃな」

「でもこれで交通事故で亡くなった両親の後を追えるのならそれでいいんじゃないでしょうか?」

「君、看護師としてそれはあまりにも不謹慎ふきんしんな言い方じゃぞ?」

「……ですが、あの若さで両親がいなくなった生活で生きる方が余計につらいだけでしょう?」

「うむ、でもそれはワシたちが決めるわけではない。それだけは理解して欲しいの」

「そうですね。医者としてかりなき発言でしたね。すみません」


「──いいんじゃ。人間だから別に弱音を吐いても……。

……誰だってあの彼女の悲惨な状態を見ればそうなるわい。意識の混濁こんだくだけでなく、両ひざから先がまったくないからの。無事に目を覚ましても過酷な現状が待っておるじゃろう。

──じゃがな、ワシたちはどんなことがあっても現状から逃げずに1パーセントでも可能性を信じて、最期まで立ち向かわなければならぬのじゃ。それがワシら医者としてのつとめじゃからの」

「……はい、分かりました」


「──さて、そろそろ定期検診の時間じゃな。英子えいこちゃんの病室へ行くかの」

「はい、そろそろ彼女の点滴を交換しないといけませんね」


 私は突然の出来事にわけが分からなくなり、軽く目眩めまいを起こしそうになる。


 そして部屋から出てきた二人組と鉢合わせしそうになるが、気づかずに過ぎ去ってしまう。

 

 まるで私がこの場にいないかのような感覚だね。


 ──どうやら今度の世界では私は何かしろの病で病室に寝込み、病院で治療を受けている病んでいる世界みたい。


 それはともかく、ヤバい、早く部屋に戻らないと怒られるよ。


 ヒヤヒヤしながらそう思った瞬間、私の体は最初に目を覚ました病室にいた。


 あれ、でもおかしい。

 どうして私は第三者の目線に立って自分の体を見下ろしているのだろうか。


 それにいくら叫んでも私の口からは言葉が通らない。

 まるで言葉が紡げない赤ん坊のような気分だった……。


「──英子ちゃん、ワシじゃよ。じゃよ。明日も楽しいゲームの映像を見せてあげるぞい」


 白いあご髭を伸ばしたサンタのような佇まいな初老の男性が手元にVRスコープらしき装置を持って、何やら意味深なことを寝ている私に話しかけていた……。


****


「──英子ちゃん!」

「……あっ、ごめんなさい」


 冷たいフローリングの床から蛭矢えびや君に支えられ、ゆっくりと体を起こす。


「良かった。スマホにも反応がなくて家に来てみたらいきなり倒れていてさ、僕はびっくりしたぜ」

「どうやら悪い夢を見ていたようですね」

「おかしな英子ちゃんだな。初夢でめでたいじゃあるまいし、夢なら毎日見るじゃないか?──それより今日は四人で出かける約束をしただろ?」

「あっ、そう言われてみればそうですね」


「だったら早く着替えてきて。いつまでもそんな格好じゃ目に余るから」

「……えっ、きゃああ!?」


 私が蛭矢君のそっけない視線にはっと気づき、乱れたパジャマから白い下着がちらほらしていた服装を慌てて整える。


「あいかわらず魅力もかけらもなく、幼女のようにぴったんペッタンこな貧乳だけどな」

「……その減らず口を言うのは、このほっぺですか?」

「あいたた、分かったから洗濯バサミでつねるなよ?」


 洗濯物扱いにした蛭矢君を外に放り出し、私は二階の自室で着替える。


 しかし、あの夢は何だったのかな。

 リアルで毒づいていて、今の私の心境と全然違った。


 それに私はこの場所に立って生活している。

 別に何も不自由さはないし、苦なんかもないよね。

 

 ──さて、それより今日はどこへ遊びに行くのかな。


 いつもの四人での外出。

 楽しみだな。


「お父さん、出かけてくるね。それからお母さん、今日は外で食べるから晩ご飯いらないから」


 そう一言告げて、ドアを開ける。


「──って何言ってるのかな。親は仕事中なのにね」


 私は舌を小さく出しながら、てへへと笑う。


「……何、ブツブツ言ってるんだ。念仏ならお寺でやってくれよ」


 蛭矢君が眼鏡をハンカチで拭きながら、何かぼやいているが気にも止めなかった。


 ──秋空から秋らしかない冷たい風が体に吹き込んでくる。


 季節はもうすぐ冬だね。

 今年は受験生だからこれからは大変だろうな。


 今のうちに目一杯遊んでおかないとね。


 さあ、今日も私たちの楽しい一日が始まるよ。



第21話、おしまい。


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