疑心暗鬼
土屋シン
疑心暗鬼
ヘェ……不眠の原因に何か心当たりがあるかって? それはもちろんありますよ……お医者様。まず、どこからお話ししましょうか……。マ、そうですね、私の家と家族について話しましょう。
私の家は、なだらかな山の斜面にありまして……そうです、あの街道外れに見える小さな灯が私の家です。町からの帰路、家にぼんやりと明かりが灯っているのを見ると私も暖かい気持ちになるんですよ……エェ。私には美人とは言えませんが気立てのいい自慢の妻と、その妻に目元がそっくりな2人の子供がいるのです。上の太郎は4歳で、下のアヤ子は産まれたばかりです。アァ……あと、年老いた母もいます。昨年親父がポックリ逝ってしまってからめっきり弱ってしまってネェ……。
長くなりましたが、マァ、つまり私にはそのような家族がいるということだけ知っていただけたら十分です。
それで、ここからが本題なのです……これを話すと皆、私のことをキチガイだと言うのですが、全て事実なんです……エェ。
あれは梅雨明けの頃です……。その日の仕事を終えていつものように家路に着くところでした。辺りはうっすらと夜に染まり、家まであと少しと言うところで私は確かに見たのです……。大きな体に赤い顔……そしてなによりも、脂ぎった髪からヌッと生えた二本の角。話に聞く鬼だと私はすぐに分かりました。
その鬼は、あろうことか私の愛しい家族が待つ家に、すうっと木戸を開けて入っていったもんだから、私はギョッとして大慌てで走りました。懐から取り出したピストルを片手に、家の中はどんな惨事になっているかと、覚悟して戸を開けると、土間では妻がなに食わぬ顔で家事をしておりました。「ヒャア! どうかなさったのですか⁉︎」なんて呑気に言うものだから、私が「おい、さっきここに鬼が入って来ただろう!」と怒鳴ったのです。すると、妻は「私も今、来たばかりで何も知らない」と言いました。そうなると、心配なのが子供たちです。下の子は布団でグッスリと眠っていたのがすぐ見つかったが、上の子がどうも見つからない。これはもしやと肝を冷やしていたところ、白湯を飲む母のそばで、ブリキの自動車で遊んでいるのを見つけてホッとしました。
……しかし、安心していられたのも束の間です……。肝心の鬼がどこにも居ないのです……。どこかに隠れているのか……はたまた、逃げ去ったのかとも思いました。ですが、凶悪な鬼が女子供しかいない家に入って何もしないことなんてことはあるでしょうか? そして、その時ハタと私は思い出したのです。鬼は喰った人に化けて、喰われた人の身内が油断したところを狙うということを……。
そう気づいたらもう居てもたってもいられません。今すぐ、家族の誰が鬼か確かめて殺さなければなりません……。しかし、どれが本物か偽物か、私には全く見当がつきませんでした。ともすれば、間違った相手に銃を向けて大切な家族を自らの手で殺すことになってしまいます……。さらに、問題はもう一つありました。鬼が化けているとはいえ、家族の姿の者に引き金を引くねばならないということです。そんなこと私には到底出来るはずがございません。
以来、家族の中の誰かに化けて鬼がいると思ったら、私はもう怖くて怖くて、寝る時もピストルに指をかけるようになったのです。エェ……昨晩もピストルを御守りよろしく、ギュッと両手で握りしめて、朝が来るのをまだかまだかと待っていたものですよ。
最早、私には自慢の妻も玉のような子どもも、育ててくれた母も愛せない。目を離した隙に鬼に戻っているのではないかと不安で不安で……。いつ自分が喰われてしまうのか……ずっと怯えているのです……。
ここへきて私はとうとう進退きわまってしまいました。
最近ではもうあの家から離れられれば、家族を見捨ててもいいと思ってしまう始末です。
もうどうしたらいいのかわからないのです。アァ……どうか、どうか助けてください。
エ、家族の中に鬼はいないって? 鬼がいるとしたら私の頭の中ですって? ……下らない冗談はよしてください。私はキチガイなんかじゃありませんよ。アァ……マトモじゃないと……あなたも言うのですか……。
それでは困りますよ、私は一刻も早く兵役に就いてあの家を離れたいのだから。
疑心暗鬼 土屋シン @Kappa801
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