サンダルでダッシュ/トコと花ざかりのアパート
秋色
第1話
昔々のお話、ある町に花壇に囲まれたアパートがあり、小さな女の子が家族と一緒に暮らしていました。アパートの周りの花壇には四季折々の花が咲き、アパートの前の公園には小高い丘があって夕日や星空を見る事が出来ました。
女の子は六才。四才上のお兄ちゃんと五才下のまだ赤ちゃんの弟がいます。女の子はお話しするのが大好きで、いつも家族を笑顔にする
―――――――――――――――――
「わぁーん、またお兄ちゃんがトコを置いてお友達と野球しに行ったの」
「トコのお靴が小さくなったみたい。新しいの買って。リボンの付いたかわいーいサンダルがいい。幼稚園の麻衣ちゃんが持っているようなー」
「ねぇー、またクリームシナモンの絵本を読んで」
「ねぇ、ねえー今日アパートの前で子猫がね…」
「ねぇママ、聞いてるの?」
花壇に囲まれたアパートでは今日もトコの声が響き渡っていました。ママはいつものようにうんざりした様子で、心ここにあらずといった感じで答えます。
「トコちゃんがお兄ちゃんを追いかけ回すからよ。トコトコしか走れないんだからお兄ちゃんに追いつけるわけないでしょ。部屋でぬり絵でもしてればいいのに」
「分かった。新しい靴を用意するからもうちょっと待ってね」
「ママも忙しいの。わずらわせないで」
その日の夜、ママは子ども達のパパに向かってこぼしていました。
「トコはなんであんなに泣き虫で甘えん坊なのかしらね」
元々妻とは幼なじみだったパパは言いました。
「そこは優香里といっしょじゃん。自分だって子どもの頃泣き虫で甘えん坊だったくせに」
「それに物ばかり欲しがってわがままに育てすぎたかしら。うちは貧乏なのに」
「仕方ないさ。女の子だから小さくてもオシャレしたいだろうしさ」
「男の子とか女の子とか関係あるのかな。お兄ちゃんのヒロキの方は物をほしがらないのにね。それにお兄ちゃんは学校の勉強だって優秀よ」
「何言ってんだ。トコはまだ小学校にも行ってないのに」
「だって幼稚園ではひらがなが書けるのは当たり前で、漢字を書ける子までいるのよ。なのにあの子ときたら、ひらがなも全部覚えてなくて」
「学校にもまだ行ってないのに字がどうのなんて口にするなよ。オレたちだって勉強好きだったわけじゃないよね。学校も何とかって感じだったし」
「あら、私は本当は大学にだって行きたかったのよ。勉強はキライじゃなかったもの。でも高校卒業してすぐ結婚と出産だったから仕方ないじゃない」
「はい、はい」
パパは信用してない感じで返事をし、ママはさらにトコの事で気になっているエピソードを伝えました。
「それに一度やった失敗をまた繰り返したりして。二日続けてハンカチを忘れて帰ったのよ。
「のびのびしてるのがトコの良い所なんだ。あの子にはヘンに神経質になってほしくないな」
「のびのびかぁ」
そして次の朝、ママはトコの前に箱を置きました。
「ほらトコちゃん、これが新しい靴よ」
箱の中を見たトコは火がついたように泣き出しました。
「イヤだ! これ、男の子の靴だもん」
それはブルーの運動靴で、サッカーしている男の子の気合いの入ったシュートの瞬間の漫画が描いてありました。
「カッコいいじゃん。トコちゃんだって男の子が主人公のアニメ見るでしょ?」
パパはトコの弁護にあたりました。
「でも何でトコの新しい靴がこれなんだ? 今どき男とか女とか関係ないけど、それにしたってこれはどう見ても男の子用だよな?」
「だって昔ヒロキ用に買ってたら、いつの間にか成長しちゃって結局一度も履けなかったのよ。今ちょうどトコちゃんが同じサイズなの」
「だからって…」
トコはさらに泣き出し、大粒の涙が頬を伝うのでした。
「トコ、さあ、今日は日曜日だし、パパとお靴を買いに行こう!」
パパと手をつないで靴屋から帰る道でトコは上機嫌でした。パパの持つ箱の中の赤いサンダルは大人の女の人用みたいにクロスして編み上げた形になっていてかわいい大きなリボンが斜めに付いています。
「パパ、トコはこれから毎日このサンダル履くね!」
「高かったから、普段はママが朝見せた運動靴にしたらどうかな」
「イヤよ。毎日このサンダルを履くの」
パパはトコのお兄ちゃんのヒロキが成長して運動靴が小さくなっていた今朝の話を思い出していました。
――まあ。いいか。子どもはすぐ大きくなるんだから履ける時に履いとかなきゃな。それにしても優香里は、オレがトコの新しい靴を買うと言ったらずいぶん口を尖らせていたな――
パパは手をつないだトコを引き寄せ、昨日の晩のママの話について
「そう言えば昨日、町内会の夏のお楽しみ会に行ったんだよな。ハンカチを忘れてきたんだって?」
「違うの。ホントはね、
「え? どういう事?」
「昨日、お楽しみ会でみんなで
「なんだ、そういう事だったのか…」
――優香里のヤツ、トコの事を失敗から学べない頭の悪い子みたいな言い方しやがって――
パパは子どもの頃、ママが毎年夏休みの宿題を最後の一日まで手付かずで置いていたのを思い出していました。そして31日にみんなに手伝わせながら泣き顔でやっていたのを。
――学べないのはオマエだよ!――
そう心の中で叫びながら思わず一人で思い出し笑いしていました。トコは
「パパったらどうしたの?」
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