小説を書くにあたって

こめ おこめ

久々すぎて書き方を忘れたので

 これは小説をどのように書いたらよいかではなく、自分がいかにして書いていたのかを綴ると同時に『文章を書く』ということへのリハビリでもある。


 まず一つ目は『アイデアだし』から。基本的にお風呂へ入ってる間や買い物中に思いつきそれをメモしていることが多い。今確認すると『地下鉄のサラリーマン』『ペーパー配布』『お菓子を貪る』等が書いてあった。

 昔の自分ながら意味が分からない。恐らく周囲を見て目に留まったものを書いたのであろう。日常の些細なものを文章でどう表現するかは非常に大切なことではあるがこれは物語の柱になりにくそうだ。

 しかし今自分の書いた小説を確認すると『地下鉄のサラリーマン』は短編のアイデアに採用されている。

 これはサラリーマンが学生の会話をただ聞いているというだけの、内容はぶっちゃけてしまうと会話を文章に起こすとどのようになるのかといった趣旨のたたき台である。

 正直に申し上げると小説自体を読むことは好きだが書くことに関しては赤ちゃんどころか子宮から出てないまである。いくら小説を読んでいてもノウハウや基礎知識がないとかけないものだと最初に書いた時感じた。


 ではどのようになったらかけるかを次に考えるべきであろう。しかしそれ以前の問題が発生してしまう。

 そう、三日坊主なのである。

 人間は新しいことに挑戦することがとても苦手な生き物である。私はそのモデルケースになれるといっても過言ではない。

 つまりだ、1つ目の小説を書いて「あぁ、全然かけない。次はもっとうまく書かなきゃ」と思ってしまうのである。もちろん次にうまく書けるかなんて言ったら答えは「NO」だ。そしてうまく書けなくてやめてしまうものである。これが三日坊主だ。

 私はこのことを過去の経験からそれはもう数えきれないほど学んでいる。三日坊主のプロと自負している。

 なので私は『駄作』を量産することにした。

 これは創作をする人間なら禁忌ではないだろうか。

しかしだ、作品を作れる人間は何かしらでそれを行ってきているためそれが普通の行動となっているのだ。日本人が食事で箸をうまく使って食べることができるが、箸を使う文化がない国の人がいきなりうまく使えと言っても難しい話だろう。

 なので私はどんなに駄作だろうとうまく使えるようになるため練習しようと思う。この文章もその一歩といえる。


 そろそろ1000文字くらいだろうか。何となく文章を書くということを思い出せた気がする。

 この続きを書く機会はまた何かしらの理由でリハビリをしなくてはならなくなった時だ。そうならないことを祈る。


 by三日坊主のプロ

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