第61話 お茶会

 楓は普段は動きやすいかつ汚れてもいいような服しか着ない。ところが今日は様子が違っていた。髪は綺麗に整えられ貴族が身につけるドレスを見に纏い緊張に震えていた。

 今日はお茶会に招待されていた。いつもならばあの手この手で断るのだが、この日ばかりは断ることができなかったのだ。それもそのはず今回のホストはフローレンス王妃殿下なのだから。


「今日は私たちだけですから、気楽にお過ごしくださいね」

「恐れ入ります」


 フローレンスの言葉にニコリと笑うけれども心の中は大慌て。冷静な精神などあちこちに散らばってしまっていた。

 王宮内のテラスに侍女を除いて王妃と2人きり。今回お茶会には他の参加者はいない。普段楓がこのような場にあまり出ないと言うことを知って配慮してくれたのだろう。それだけで幾分かマシだった。


「こう言う場はあまり好まれないとは察していたものの、あなたとお話しするにはこの方法しかなくって」


 ごめんなさいと詫びるフローレンスだったが、そこまでして楓と会いたがる理由が楓にはいまいちわからなかった。


「なんで?とお思いよね」

「はい。私は図書館を管理しているだけで、王妃殿下が気に留めるようなことはなかったように記憶しておりましたので・・・」

「その図書館よ。あの図書館は前王妃が気に入っていた場所だったことはご存知?」

「ゲイリー卿から少しだけ伺いました」

「あの場所はね、私にとっても特別な場所なの。義母様おかあさまとよくあの図書館に行ったわ」


 フローレンスの生家は商人の家だった。その家の4人兄弟の長子として生まれたが、父が商売に失敗し長男を残して兄弟は皆どこかしらの家に養子に出された。その中でフローレンスは12歳でバートン公爵家に養子に入った。バートン家にはすでに跡取りである9歳になる男の子がいたが、姉が欲しいと望んでいた。そんなバートン家側とフローレンスの生家の利害が一致した結果だった。

 時は流れてフローレンスは皇太子妃候補の1人に選ばれ、当時のガブリエル皇太子と成婚することとなる。バートン家の養子であることは当然知られていて、厳格な当時の王妃には受け入れられないだろうと思われていた。

 会ってみて、当時の王妃は確かに厳格な人物だった。礼儀作法に厳しく口を一文字に結び、一挙一動常に審査されているかのようだった。フローレンスは会うたびに気を引き締めて会わねばならず、たとえ短時間であっても自室に戻るころには疲れを感じていた。

 そんな王妃の印象が大きく変わったのが、初めて行った城内図書館で出会でくわした時のことだ。フローレンスが図書館に着いた時、先客としていたのが王妃だった。


「王妃殿下、ご機嫌麗しゅう」


 王妃に近づくと膝を折りカーテシーの姿勢を取り挨拶をする。


「ご機嫌よう、フローレンス皇太子妃。楽にして頂戴」

「はい」


 姿勢を直したものの2人の間には沈黙が流れた。何を話すべきか考えても浮かばない。かと言って何も言わないわけにもいかない。


「「あの、」」


 言葉が被りお互い口をつぐんだ。こうなってはフローレンスからは話しかけられない。黙っていると王妃が口を開いた。


「なんの本を探しているのです」


 問われてすぐに答えることは出来なかった。どう答えるべきか、頭の中をグルングルン回転させる。


(質問の意図がわからないわ・・・)


 王妃の考えが分からない以上、考えても仕方がないことだった。答えないでこの場を切り抜けることもできない。


「絵本、なんですが・・・」


 幼い頃フローレンスが兄弟によく読み聞かせた絵本、生まれた家を思い出すときにはその本を読んでいた。この図書館にもあると聞いて探しに来たのだ。


「そう。ついていらっしゃい」


 本の特徴と聞くとフローレンスがついてくるか確認もせず王妃は棚の中へ歩き出した。フローレンスも慌てて追いかける。

 少し行ったところにある背の低い棚が集まるエリアに来ると、王妃は迷いもなく一つの棚の前で立ち止まる。屈んだかと思えば一冊の本を棚から引き出した。


「これでしょう。どうぞ」


 王妃が差し出した本は探していた本そのものだった。


「ありがとうございます」

「この本に思い入れがあるのですか」

「兄弟たちによくせがまれて・・・」


 そこまで話してハッとする。今フローレンスには兄弟は弟だけ。兄弟たちが誰を指すのか、王妃ならすぐに勘づくだろう。


「お、弟に、よく読んだ本でしたので・・・」


 慌てて訂正をしても遅いことは分かっていたが、言い間違いだと思ってもらえないか、そんな賭けだった。

 王妃はしばらく黙っていたが、努めてポーカーフェイスを保とうとするフローレンスに深いため息をついた。


(失望させたかしら・・・)


 叱られると思ってフローレンスの顔は引き攣った。ところが返ってきた反応は想像とは少し違った。


「誤解があるようですが、わたくしはあなたの生まれを気にしたことはありません。今のあなたの働きを見ていれば、そのようなことは瑣末なことです」

「え?」


 認めるような言葉とは裏腹に、口は相変わらず一文字のまま。どちらが本心なのか計りかねた。


「家族は家族でしょう。ひた隠しにする必要などありません。少なくとも公の場でなければ」


 王妃は近くの棚からもう一冊絵本を手に取る。この国の子どもなら誰もが読んだことがある「流れ星のミーシャ」だ。王妃はそれを懐かしそうに眺めて、そして元の場所へ戻した。


「立ち話が過ぎました。私はこれで」


 そういうと王妃はまたも返事も聞かないで図書館を後にした。


(悪くは思われてないみたい・・・なのかしら)


 思わぬ邂逅には驚いたものの、詳しく追求するわけにもいかない。そのまま王妃を見送ってフローレンスも絵本を手に自室へ戻った。

 それ以来、何度も図書館で王妃と鉢合わせたのだが、そのうちに気づいた。王妃の表情と内心は必ずしも一致しない。むしろ相手に心の内を悟られないよう対策としてしているうちに染み付いてしまったと言うのが正しかった。それに気づいてからは緊張しきりだったはずの会話は次第に雑談をするまでになっていった。


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