穴に落ちたら汚部屋並の図書館の司書を任されました

佐藤晶

1 落下、のち、異世界

第1話 扉を開けば

 〜♪ 閉館時間の5分前になりました。お気をつけてお帰りください。〜



 とある市立図書館、閉館後の事務所内で閉館業務を終えた職員たちは片付けをしながら帰り支度をしていた。


「はあー、疲れたー」

「五十嵐さーん、次のお話会何読みます?」


 来週の土曜日は図書館職員が絵本の読み聞かせをするお話会というイベントがある。輪番で次の担当となっていた彼女たちはそのお話会で読む絵本の相談をしていた。


「えーっと、はらぺこあおむし読もうかなと思ってます」

「じゃあ私はスイミー読みますね。自然系で合わせちゃいましょう」


 担当は1人一冊読む本それぞれ決めるが、時々季節などに合わせて相談して合わせたりする。


「いいですね!では当日よろしくおねがいいします。」

「よろしくお願いします」


 周りは帰り支度を終えた順にどんどん退勤していっていく中、絵本の相談をしていたうちの1人、五十嵐楓も帰り支度を終えて席を立った。


「じゃあ、私お先に失礼しまーす」

「あ、わたしも!」

「「「お疲れ様でーす」」」


 職場を出て最寄りの駅で電車に乗り込む。世の中は金曜日。電車は華金だということもあってか少し混み合っていた。楓も飲み会の一つもあってもよさそうなものだが、その限りではなかった。

 なんせ就職難の年に就職活動をしていたために、あらゆる場所に履歴書を送ってたまたま内定をもらえた土地は縁もゆかりもないところ。近くに友達もなく、自宅と職場の行き来だけ。大人になると友達ができにくくなるのはなんでなんだろう。

 それに明日も開館日で仕事なのだ。だから家に帰ってご飯を食べて、晩酌をして、お風呂に入って寝る。華金なんて彼女にとっては意味のないものだった。でも今日に限っては、そうとは言えなかった。


 ガチャ、


「ただい、、ま!?」


 自宅の玄関に足を踏み入れた瞬間、あるはずの地面がなくなり真っ逆さまに落下した。


「(おち、てる⁈)」


楓の住む家はマンションの5階。そこから落ちればただでは済まないどころか死あるのみだ。

楓は状況を把握したとと同時にショックで意識を失った。




 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘




 サーー

 ヒョイッヒョイッヒョー


「ん・・・・はっ!」


 次に目が覚めたのは森の中だった。木々が青々と生い茂り、小鳥が鳴く長閑な情景に一瞬意識を失う前のことを忘れ掛けていたが、未だかつて見たことのない種類の小鳥の姿を見て違和感を感じると、自分が穴か何かに落ち死にかけたことを思い出す。


「い、生きてる・・・??」


 まず先にしたことは怪我の確認だった。穴に落ちたはずなのに、幸い怪我の一つもしていなかったことに驚いたと共に記憶にない場所にいることにもかなり驚いた。次に手を抓り痛みを感じるかを確かめた。痛みがあるなら生きてるということだろうと思ったのだ。


「いたい・・・」


 生きていることを実感したところで見知らぬ場所にいる事実は変わらず、青々とした木々が風に揺れてどこまでも続いている。


「一階に落ちたとしても、森の中はないよね・・・」


 とりあえずどこにいるのか確認したくてあたりを散策してみると、少し行ったところに大きめの道があった。ラッキーなことに人の往来もある。彼らは馬や荷馬車で行き来をしていて、電車があり車が行き交っている日本とはかなり違っていた。とにかく人が集まってるところまで行かないと、と道へ出る。

 そこにちょうど近くを通りかかった数人のキャラバンに声かけると、すぐに止まってくれた。


「すみません、ここから一番近い街ってどっちですか?」

「なんだあんた、一人でこんなところでなにしてんだ」

「しかも今森から出てこなかったか?」

「それになにその格好?」


 男性二人女性二人のキャラバンでたくさん荷物を載せている。一人でこんなところにいるなんて普通じゃないようで、訝しい顔をされてしまった。

 服装のことを聞かれたけどキャラバンの人たちこそ服装や容姿が近世ヨーロッパの人みたいな感じで、およそ日本人とは思えない。それに、楓が着ているのはオフィスカジュアルなトップスとスカートで、見覚えがないというのはいくら海外でも不可解だった。もしかして、これって小説によくある・・・。と頭をよぎった。


「(どっちにしても森の中で目が覚めたとは言わない方がいいかもしれない。さすがに変な人すぎる)これは私の住む村の仕事着で・・・。実はこの近くの街に行く途中で、綺麗な鳥を見に森に入ったらどっちだったか分からなくなってしまって」

「あら、出稼ぎ?そういうことならセントパンクラス国の王都に行きたいのかしら」

「あ!はい!」

「それなら、この道を南に進んで馬車であと2〜3時間のところにあるわ」


 一人の女性が彼らの進行方向を指した。馬車で2、3時間ということは徒歩なら更に時間がかかるということ。交通手段がないのは非常につらい。


「なるほど」

「それにしても、一人でいるのに加えて歩きだろう。着く頃には日が暮れるが大丈夫?あんまり腕が立つようには見えないけど」


 たしかに。所持品は職場用の鞄だけで護身できるようなものもないし、護身術の覚えもない。体格は大きくないし、筋肉もない。腕が立つように見えなくて当然だ。そんな人間が1人で行動していれば心配するのも当然だ。


「この辺危険なんですか」

「キャラバンの通る道だから盗賊も出るし、野犬もいるよね〜」


 盗賊がいるなんて、日本では滅多にないことだ。それも珍しくないような口ぶりで、想像以上の治安の悪さに言葉に詰まってしまった。


「なんだ、知らないで一人で来たのか?無用心だな」

「すみません。あまりこの辺りには詳しくなくて」

「うーん、まあ、困ってるなら一緒に行く?」

「「「「え!?」」」」


 リーダーらしき男性が言い出した提案にその場にいた全員が驚いた。

 初対面の人間を同行させるということはお互いにリスクがある。キャラバンはこれから商品を売りに行くため品物をたくさん馬車に積んでいた。素性の知れない人間が入るということは窃盗や最悪命を取られる可能性すらある。

 楓にとっても初対面の男性のいるキャラバンに同行するということは、先ほどあげた可能性に加え暴行を受けるかも知れないという可能性もあり、どちらにとってもリスクがある。


「え?そんなに驚くことだった?」

「おいおい、お前この商売何年やってんだよ。リスク考えろバカ」

「一応鞄の中身だけ確認させて貰えば大丈夫じゃないか?」

「そうかもしれねえけど、、、」


 なんかよく分からないけど、背に腹は変えられない。先ずはこちらも危ない人間じゃないって信用されないと。


「あの、鞄どうぞ見てください。情けない話ですが、頼れる人いないんです」

「・・・。じゃあ、見せてもらってもいいかしら」


 鞄を渡すと女性二人で中を確認し始めた。筆箱の中のシャーペンをだして手に刺してみたりしながら武器になるものがないか、毒になるものがないか確かめて返された。途中用途がわからないものは質問もあったが、とりあえず脅威はないと判断されたようだった。


「まあ、武器になりそうなものはないみたいよ」

「じゃあ、王都まで一緒に行こうか」

「短い間ですが、よろしくお願いします」

「よろしくな」


 楓は荷馬車に乗り込み、キャラバンの一団と一緒に王都へと向かった。

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