6話:先輩のためなら何でもできる
早くから飲めるホワイト企業なら、二軒目、三軒目とはしごするのだろう。
あいにくウチの会社はブラック。一軒を堪能するだけで終電ギリギリである。
勘定を済まし、大通りから駅へと向かう道中、
「やだ~~! まだ先輩と飲みたい! まだ暗い!」
「逆だ! もう真っ暗なんだよ、バカタレ!」
案の定、隣の伊波がうるせー。
この酔っ払いが駄々をこねるのは毎度の恒例行事。何なら、電車にぶち込むまでがテンプレまである。
「はしごしたいなら、
「はしごしたいわけじゃないもん。マサト先輩と飲みたいだけだもん」
「可愛く言ってもダメなものはダメ」
「やだ~!」
なんて野郎だ。今年3歳になる姪っ子でもコイツより聞き分けが良いぞ。
「あのな。周りにある店を見てみろ。もうシャッター閉め始めてるだろ? 飲もうと思っても物理的に不可能なんだよ。……ん?」
どうしたことか。伊波が足を止めてしまう。
さらには、唇を尖らせ、とある方向を力強く指差す。
「! お、お前な……」
俺が照れ――、呆れるのも無理はない。伊波が指差す先は、通りから外れた横道。
横道を覗くだけでもド派手なネオン光の看板が、「アダルティな世界はコチラですよ」と
ホテル街へと通ずる出入口である。
伊波の瞳は真剣そのもの。
「ホテルなら終電を気にしなくてもいいから沢山飲めます。会社に近いから朝はゆっくりできます。合理的ですっ!」
「合理的ってお前――、」
「シャワーだって浴びれますっ! ベッドはフカフカでぐっすり眠れるはずですっ!」
伊波よ。こういうのって、男のほうが何かと言い訳並べて誘うもんじゃねーの?
俺とお前の立場逆じゃね……?
いつもより泥酔しているからだろうか。
「先輩が望むのなら腕枕だってします!」
「…………。!!! う、腕枕ぁ!?」
伊波史上、ダイレクトすぎるお誘い。
酔いを吹き飛ばすには十分すぎる。にも拘わず、新卒小娘のテロ活動は留まることを知らない。
「一緒にお風呂にだって入ります! お背中だって流します!」
「おふっ!? お、おせなっ!?」
「リーズナブルなお部屋で構いません! ピンクでエッチなお部屋でもアブノーマルなお部屋でも私は受け入れますっ!」
「ア、アブアブアブノーマッ……!」
「先輩が望むなら、セーラー服やナース服だって着ちゃう――、」
「~~~~っ! ドアホ! 酔った勢いで爆弾放り込むんじゃねえ!」
「
「余計
何だコイツ! 好感度120%のエロゲヒロインかよ!
「ホテル! 先輩とホテルと行くの~!」と駄々をこねられる構図が修羅場すぎる。通り過ぎるリーマンたちの「羨ましいんじゃボケ」という視線が地獄すぎる。
これ以上、
「終電まで時間あるし、そこのコンビニでコーヒー買ってくるわ」
腕時計を確認すれば0時手前。幸いにも頭を冷やす時間くらいは残されている。
「お前は何か欲しいモノあるか?」
「氷結ストロングとさけるチーz――、「水とヘパリーゼな」」
「あ~~ん! 夜はこれからなのに~~~!」
明けない夜はない。
キャンキャンうるせー伊波はコンビニ前に放置。そそくさと店内へ。
これほどまでに、マチのホットステーションにホッとしたことがあっただろうか。
ドリンクコーナーへと足を運び、お目当てのボトルコーヒーを取り出そうとガラス扉へ手を伸ばす。
しかし、思わず動きを止めてしまう。
「ちくしょう……。あの誘いには一生慣れん……」
ガラスにうっすらと映る自分の顔が、あまりにも羞恥に満ち溢れていた。
無造作に扉を開けば、ひんやりとした風が顔や身体をクールダウンしてくれる。
何ならもっと冷やしたいくらいだ。アイスクリームストッカーにダイブしたい気持ちを生まれて初めて理解さえできる。絶対しないけども。
俺は教育係、伊波は後輩。
それ以上でも以下でもない。
社内恋愛がどうとか以前に、伊波は俺にとって大切な後輩なのだ。
『酔った勢いで、お楽しみしちゃいました』と伊波を傷つけるようなことはしたくはない。
だからこそ、雑誌コーナーにある『新社会人の恋愛事情。20代から始める大人セックス術』とか、『魅せる美乳! 気になる年上も即オチ!?』なる胡散臭い女性週刊誌にも目移りしてはならない。
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