第2話 繰り返される言葉に
ケイトの乗船する船は、まっすぐ北へと航路をとるものだった。
船の終着地は、港町オーラヘヴンだ。王国における最北の要衝地である。
彼の目的は、その街の裏手から広がる森林地帯である。その奥地には、聖獣が住まうといわれてきた。しかし、実際に足を運ぶものはそうそういない。研究機関さえもその地にだけは踏み込むことをしなかった。―できなかった。
その理由として、その森に近づけば近づくほど、人として正常な判断能力が失われるといわれ、この地の公文書にもそのような記録が散見される。
興味本位で訪れたものが行方不明となった例もあり、オーラヘヴンではその森には決して立ち入らぬようにとの暗黙の掟ができていた。
ケイトも一度立ち入ろうとして、挫折したことがある。正直、思い返したくもないほど苦々しい経験であった。
本職であるはずの、聖獣博士のフィルもひどい体調不良に陥ったらしく、早々に引き返したという。
しかしと考えながら、ケイトは船室を出る。
―今の俺なら、どうだろうか―
太陽が甲板を容赦なく照り付けたが、風はもう冷たかった。上船したセインベルクの港とはうって変わり、ずっしりと重みのある湿潤な空気を感じる。明らかに気候が変わっているのがわかる。
乗船前に腰近くまであった銀の髪を切り落としたことで、首筋と肩のあたりがいくらか軽快だった。
見事な黄金の髪をもつ兄と容姿が似つかないのは、やはり生みの母の面差しが影響をしているのだろうと思った。自分を産み落とし、ほどなくして王宮を追われた母のことはよく知らない。
出自にとらわれるあまり、自身の容姿にはあまり興味がなかった。幼き頃より、揺るがぬ意志と力だけを求めてきた。
―嫌なことは、口に出さなくていい。思い出さなくていい。
いかなるときも、こだまのように、鳴り響くこの声は。
ケイトは軽く頭を抱える。癖になっているのだと思った。まじないのようなこの言葉は、かつて誰よりも近くにいた存在が繰り返したもので―
この呪文により、潰れる寸前の自分は危うくもぎりぎりのところで持ちこたえていた。
―思い出さなければ。代償として、失ったものを。否、向き合わずにはいられないだろう。自分はこれから、足を踏み入れるのだから。
来たるものの正当性を試す彼の地、
―「聖獣の庭」に。
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