第18話

「よし、エル。準備は出来たか?」


「は、はい。準備はバッチリです」


 玄関前で、今日はいつもと違って気合を入れた。エルは少しぎこちなく返事をした。


「固いな」


「だ、だって王城ですよ!? 王城で話すんですよね。しかもパパが!」


「そうだな」


 だとしてもそんなに動揺しないでくれよ。俺だって緊張してるのに、余計に行きたくなくなるだろ。


「ダメです、緊張してきました。やっぱりまた今度にしましょう!」


 俺は、踵を返し家へUターンしようとしたエルの腕を掴んで引き止めた。


「いやちょっと待て。そんな馬鹿な話があるかよ」


「ううっ。だめですかぁ?」


「え、ダメだろ」


「うう……お腹が……」


「え、ダメだろ」


「あぁ、リピートするやつだぁ……」


 涙目の上目遣いは通用しないぞ。いや、でもちょっと通用しそうなのが悔しいな。

 馬鹿野郎そんなので揺れるなよ。これは全部お前の為だ。ここまで来て逃げてどうするつもりなんだよ。

 

 王族のラムペードさんと話した内容。

 それは、演奏会の話をするついでにエルの親と合わせて欲しいという約束だ。

 エルの親と会う時に、直接行く場合は少しばかり怪しまれる可能性がある。

 その可能性を極限まで減らすために、ランペードさんという王族の人でワンクッション置くことにした。

 差し出がましい願いではあるが、相手は悩みを聞いてくれるって言っていたし、現にこうして受け入れてくれた。

 だから、問題は何も無い。

 問題といえば、エルの緊張くらいだな。


「パパ、絶対怒ってますよね」


「まあ、怒ってるかどうかは知らないけど、心配してるだろうな。怒鳴られるくらいなら仕方ないだろ。ていうか、今更何言ってんだよ。家出をした時点でそれくら覚悟してたんだろ?」


「そうですけど、でも!」


 さっきからこの調子だ。あれだけ覚悟を決めていたのに、いざ目の前にすると怖気づいてしまう。

 強気は長く続かない。

 まるで、予防接種を嫌がる子供そのものだ。なんかちょっと懐かしくなったよ。


「折角ここまで来たんだろ? 当たって砕けろだよ。もう向こうにはエルがいることは伝わってるし、逃げる選択肢はない。ならもう行って想いを伝えるしかないだろ? 大丈夫だよ。いざとなったら俺もついてる」

 

 俺は、何とかエルを励まそうと声をかけた。が、俺自身内心ビクビクしてる。

 この中世より少し発展したくらいの文化レベルの国でミスると何されるか分からない。

 だから、正直エルこそ俺を助けて欲しいんだけど!


「そうですね。はい。分かってますそれは」


 本当にわかってんのかな? 俺にはすっごい棒読みに聞こえたんだけど?

 そんな、緊張で半パニック状態のエルを連れて王城へ向かった。

 街の中心地にある王城は、他の建物と比べて一際目立っていて間違えることは絶対にない。

 その王城の入口で、ランペードさんが城の門の前で立っていた。


「ええっと……この度は、お呼びに預かり誠にありがとうございます」

 

「そんなに改まらなくてもいいよ。そういうのは慣れていないようだしな」


「そう、ですか」


「ああ。だからそんなに緊張しなくても構わないよ。来たまえ。城の中を案内しよう」


 緊張するなってそんなの無理に決まってるだろ。

 だって城の中だぞ。兵士がそこら辺に歩いてんだぞ? 実現して首チョンパは無いよな? 大丈夫だよな?


「やばいな。この庭広すぎだろ」


「……そうですか?」


 私の家もお庭は広かったですよって言いたいんだろ。

 言っとくけどこんな庭当たり前にあるわけじゃないからな。

 噴水があって、花壇にはたくさんの花が咲いていて、でっかい意味不明な銅像も立てられている。どれもこれも手入れが隅々まで施されているのがわかる。

 いわゆる税金の無駄遣いってやつだな。言ったら首はねられそうだから言わないけど。

 正面の門を通り、城の中を進む。海外旅行に行ったことがないから、西洋の城の中には入ったことが無かった。

 正直言って圧巻だ。どこぞの大学の校舎のもお城みたいなんて思っていたが、その比じゃない。

 壁には有名な画家のものなのだろうか。随分凝っている絵が飾られていて、柱は真っ白で美しい。

 階段の手すりは少しレトロな雰囲気を感じるけどそれがまた良い。そして、赤い絨毯のしかれた廊下が延々と続く。

 すごすぎて言葉が出ねぇ……。


「この部屋だよ。取り敢えずは演奏会の話をする前に、まずはお嬢さんの話が先かな?」


 てことは、この中にエルの親が……?

 うわっ緊張するなー。嫌だなー……ってエルを説得した俺が何言ってんだかってかんじだけど。


「し、失礼します」

 

 応接間には赤い絨毯と大きなシャンデリア、そして壁一面にでかでかと絵画が飾られていた。

 そして、その部屋のソファーには一人の男性が座っている。


「君が、私を呼んだのかね」


「はい。四条奏太と申します」


「成程。アウデスブルグ・フランソワ。既に知っているとは思うが、エルの父だ。エルが突然押しかけたようだな。迷惑を掛けて申し訳ない」


「いえ、迷惑だなんてとんでもないです」


 物腰丁寧に話す人だが、その奥には自然と自分が1歩引いて話してしまうようなオーラがあった。

 レベル的には大臣とか、そのレベルのお偉いさんだと聞いた。最初はんな馬鹿なとか思ってたけど、目の前にすると納得せざるを得ない。


「話はランペード様から聞いた。飲食店で演奏家をやっているそうだな。また珍しいことをしている」


「え、ええ。それなんですが」


「いや、まずはエルネスティーヌの話からだ。シジョウ君の話は後だ。――さて、エルネスティーヌ。私になにか言うことはあるか?」


「あの……パパ」


「人前ではお父様と呼びなさい」


 うわこっわ。こりゃ俺まともに相手してくれないぞ?

 どうやってエルに手助けすればいいんだろ。今更になって分からなくなってきた。


「……お父様。その、この度は迷惑を掛けて申し訳ありませんでした。言い訳をするつもりはありません。ですが、お父様。どうか聞いてください! 私は、音楽で仕事をしたいんです 婚約とか、そういうのをすれば安定に生きられるかもしれない。でも! 私はそれでは満足できません。そんな生活じゃ幸せには慣れないんです!」


 エルは冷静に喋ろうとしていたが、途中から熱が入り始めてしまった。

 でもそれだけ、音楽にかけていた気持ちが伝わってきた。

 エルの父親にだって、その気持ちは伝わっているはずだ。


「エル、言いたいことはそれだけか?」


「え……?」


 エルの父はあくまで淡々と、この出来事を処理している。

 エルのことを、本当に家族だと思っているのだろうか。正直、気に食わない。


「別に、演奏家としてじゃなくても幸せになれる道は沢山ある。態々そんな安定しない道を進む必要なんてないだろう?」


「でも、私ピアノを弾くのが好きで……」


「遊びで弾けばいいだろう」


「あ……でも……でも! う……」


 エルは言葉に詰まってしまった。

 苦しそうに、何かを考えている。まるで、溺れた人が空気を求めるようだった。

 それだけの理由で、と言われたらそれまでだ。この歳じゃ、抱く理由なんてたかが知れてる。

 夢を目指したいなんて言っても、ちょっとつつけば直ぐにボロが出る。

 当たり前だ。まだ子供なんだし。

 でもそうじゃないだろ。あまりにも大人気なすぎる。子供の時くらい、やりたいことやらせてあげろよ。


「……でも、それでもやりたいんです」


 体を震わせてまでエルは頑張っている。

 それでも、まだ俺は何もしてない。

 俺は、どうやってエルを助けたら……。

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