第7話
「わあ〜! すごい活気ですね! 皆さん楽しそうにお食事してますよ!」
「冒険者は元気なやつが多いからな」
ここは冒険者ギルドに併設されている食堂だ。冒険者人口は兼業が可能なこともあり、この街ではどの仕事よりも多い。
魔法によって仕事が簡略化出来るからこそ出来ることだ。ワークライフバランスはこの時代の割には比較的安定している。
だから毎日、朝昼夜どの時間帯も賑わっている。
通常価格も安いが、さらに冒険者割引なんてのもあり味も美味しい。
だから毎日必死で金を稼いでいる人達が、こぞって集まる。
昼と夜はそんな冒険者のエネルギーに満ち溢れていて、来る度に圧倒される。
そして、俺たちは今回ここで宣伝を行う。
勿論、そのまま宣伝するわけじゃない。そもそも、おっさんの店の客足を奪ってるのがここなわけだし、誰構わず宣伝をしたところで急に鞍替えすることは無いし。
だから、今回は少しアプローチを変える。
折角弟子もできたし、エルには申し訳ないけど持てるものフルに活用する。
「朝ご飯、食べたいんだろ? 何か軽いものたのでおけよ」
「いいんですか?」
「ああ。でも食べれる量だけな」
「ありがとうございます!」
エルは目を輝かせながらメニュー表をじっくりと見ていた。
そして選んだのが、パイ料理。キノコやチーズを使った香りの豊かなパイで、この食堂でも人気のメニューだ。
俺も、このまま見てるだけなのはお腹が空くし、適当にナッツ類を頼んでポリポリと食べた。やっすいし栄養もあるから、豆とかには結構助けられてる。
「あ、これ結構塩効いてるな。うまいうまい」
「師匠……もしかして、宣伝しないでサボり倒すんですか?」
ジト目で睨んできた。
「違うからな。宣伝とは言っても、1人だけだ。その1人が上手く行動を起こせば、自ずと他のとこからも人が集まる。飛び込み営業みたいに手当り次第声かけるわけじゃない」
「そうなんですか。それなら私も手伝いますか?」
「ああ。でもそうだな……手伝うとは言っても、して欲しいことは一つだけだ。エルは素直でいてくれればいい。言いたいことそのまま言ってくれ」
「はぁ……分かりました?」
エルは首をかしげた。
あんま分かって無さそうだな。
俺はナッツをまた一つまみしてして口に放り込んだ。
そして、目当ての人が俺に気付き近付いてきた。
「……あんた、何してたのよ。最近全然顔出さなかったじゃない」
「冒険者は面倒だからな」
「運動得意じゃないものね。それに、魔力も殆ど持ってないし。ビビりだし」
「うっせぇな」
軽口を叩くこいつは、この世界に来てから出来た冒険者の知り合いだ。
俺も一時期冒険者をしていたこともあり、その繋がりで知り合って冒険の心得みたいなのを色々教えてもらったりした。
この冒険者ギルドでもかなりの実力の持ち主で、超高難度クエストとかをバリバリ受けるほどではないが、報酬の高いクエストを数こなす実力派の冒険者だ。
「師匠、ビビりなんですか?」
「なんだお前、生意気だな」
わか……分からないぞ? エルが分からなくなってきたぞ……?
酷くない? 傷ついたんだけど俺。
「あら、その子は?」
ご飯を食べているエルに目を向けた。よし、ここで宣伝を……!
「ああ、ピアノの弟子ができたんだ。エルネスティーヌ・フランソワ。エルって呼んでやってくれ。それでエル。この人はアカネ・ユーリ。冒険者をやってる。おっさんが店にピアノを置いたから、俺が演奏することになって、その時に偶然弟子を取ったんだ。それで、良かったら――」
「あんたが弟子? しかもピアノ? ありえないでしょ」
簡単には信じようとしない。でも、それも予想していたことだ。でも、最初こそ疑ってかかるけど、でも話はちゃんと聞いてくれるやつだから問題は無い。
「まあそうなるよな、でも実際におっさんの店に来てみればわか――」
「分かるも何も、あんた不器用だし、そんなこと出来るの?」
あー……おかしいな……。普通に宣伝頼めば行けると思ってたんだけどなぁ……。
しょうがない、じっくり情報を擦り合わせないと。
「――何言ってるんですか? 師匠は師匠です。冒険者をやってるような野蛮な人には分からないでしょうけど」
「……はぁ!?」
……おいぃぃぃぃ!! やめろ! やめろマジで! 確かに素直でいろって言った! 言ったけど地雷を踏みにいけとは言ってないからな俺はぁ!!
「言ってくれるじゃない。この子、マナーがなってないんじゃないの? ピアノの前にまずはそこからじゃない?」
「わざとです。あなたこそ、冒険者なんてやってたらまともに世間の知識がないですよね? あ、でもサバイバルの知識なら負けてしまいますね。たくましいですね」
段々と周囲がざわつき始めた。視線が次々集まってくる。
止めたいのは山々だが、会話に割り込む雰囲気ではない。
ストレートに力でねじ伏せようとするユーリに対して、皮肉を含めて口撃してくるエル。
これは実力は互角だ……!! って実況してる場合じゃねえよ。
「いや、エルはそこまで悪くないわ。問題はあんたよ、奏太」
え? なんかとばっちり食らったんだけど。
「八つ当たりですか?」
「エルは黙ってなさい。あんた、この世界で弟子を取るってどういうことかは分かってやってるんでしょうね」
「ああ。弟子を取るっていうのは命を預かる行為で人生を預かる行為だ。そして、俺のさじ加減ひとつでエルの人生が大きく変わる」
前とは違う。何かしら職につける日本とは全く違う。
この街の外れにはスラムもあって、そこでは人が野垂れ死ぬなんて日常茶飯事だ。
「そうよ、それであんたは取れるほどの実力と、覚悟があるのよね」
「……当たり前だろ」
「親には会ったの?」
「……いや、会ってはないけど、エルは許可貰ったって言ってたし」
「それ以前に、逢いに行くべきでしょう?」
「でも、そんなことしたら断られるに決まってるだろ。俺は平民だから」
「それで駄目ならそれまでってことでしょ? あんたとこの子は、最初から――」
それまでの運命だった。とは言わせなかった。
「やめてください! もう師匠は師匠なんです! 私は絶対に師匠にピアノを教えてもらうんです!」
エルが無理やりに会話に割り込んできた。エルが突然必死になって、結構びっくりした。
「なんでこいつなの?」
「1度演奏を聞いて確信したんです。師匠みたいな演奏を私もしてみたいって思って、それに才能を否定された自分でも、ピアニストになれるかもしれないって思ったんです!」
才能を否定された……?
……ああ、だからまだピアノに縋ってるんだな。
それは多分、俺とよく似ている。
いつだったか、才能を否定されてどん底に落ちて、それでも俺は音楽に縋ろうとした。
それは音楽が好きだったからだ。その音楽に才が無いから見放されるとか、そんなの悔しすぎるだろ。諦められるわけないだろ。
そして、そんな俺を頑張れと背中を押してくれた人がいた。
そのお陰で、俺は努力を続けてられた。
異世界に来る寸前、シンガーソングライターとしてプロ1歩手前まで漕ぎ着けられた。
――だったら、俺だって。
「……なら私がそれに値するのか確かめさせて貰うわ。明後日よ。明後日、あなたの演奏を見に行くわ。演奏が上手いか下手かじゃないわ。あんたの覚悟を見に行く」
「ああ、わかった」
だったら、俺もこの子の背中を押してやるべきなんだ。
話はもうないとユーリ踵を返し、遠くへ歩いていった。
多分、今からクエストでも受けるのだろう。愛用のダガーを腰に提げている。
ユーリは俺らとは逆に、才能が無かったから諦めて才能のある方に道を変えた。
だからこそ、生半可な覚悟はして欲しくないと思っていたんだ。
人生は思い通りにはならないから。
「師匠」
エルは不安げな瞳で俺の目を見つめていた。
「なんだ?」
「明後日なんて、いくらなんでも急すぎるんじゃ……」
「問題ないし、やってやるよ。それに、当初の目的は果たしたしな」
宣伝をするはずだった話はだいぶ拗れたし、変な約束も取り付けられてしまった。
でも、明後日おっさんの店にユーリが来る。
ユーリのことだ。多分、1人だけで来るなんてことはしない。
こういうのには、徹底的にプレッシャーを与えてくるやつだからな。
面倒臭いな。明後日は忙しくなる。
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