少女は最初に幸せを告げる。そして、最後に不幸を告げる。
雪華シオン❄️🌸
Prologue
少女の矛盾した気持ち
「初めまして。……あなたに会えて、私は幸せです」
どこからともなく声がした。
優しげな、でも――。
どこか憂鬱な気持ちを押し隠すような、そんな声。
その声に聞き覚えはあったが、誰の声だったのかはついぞ思い出せないまま。
無情にも時間は流れ、止まることはない。
どれだけの気持ちが、意志が、その台詞に込められていたとしても。
それは残酷だが必然であり、正常なことなのだから。
しかし、何が残酷なことなのかも、少年には分からなかった。
何かに導かれるように、声の主へと振り返る。
金木犀の花のような山吹色のロングヘアを一つに纏め、右肩に流した少女。天を焼き尽くす夕日のような銀朱の双眸に、美麗と思わせる長い睫毛と小顔な顔立ち。伝統的模様が入った胡桃色のニット帽に、白花色の大きめのマフラー。赤朽葉のロングコートに袖を通し、灰茶色の毛糸ミトン手袋をはめて、花浅葱の長ズボンを履く姿は、秀麗で蠱惑的な魅力を引き出していた。
少女はロングコートの裾をギュっと握りしめ、口籠もりながら言葉を紡ぐ。
「お名前を、教えては頂けませんか?」
「……はぁ?」
「あ、その……お、お名前を教えては頂けませんか?」
少女が声を震わせ、他人行儀な、硬い口調で話し掛けてくる。
意外な一言を発する少女は、上目遣いで少年の様子を伺っていた。
国家や現金という概念がない世界。暦も確立されておらず、人権という概念すら生まれていなければ、他人と仲良くなる、という考え方すらも曖昧。加えて言えば、人、と言う概念すらも異なっている。
そんな世界で少女は問うのだ。
場違いな言葉を。
魂を
肉体に
そして、
生きるか、死ぬか。
その二択を
人――
この世界では、それが当たり前。
いや、どうなのだろうか。
実際に、少年がどう思っているのかは分からない。
少女が話し掛けるその少年は、この世界をそのように認識していた、と思わせる、憐れむような表情をしていた。
いや、そのように思えただけなのかもしれないが……。
少年は顔だけを後方に向け、少女の双眸を見た。
少年は何を思ったのか。
視線を前方に戻して、少女の質問に疑問で返す。
「俺が名乗る前に、お前の名前は?」
敵――
少女は何を思ったのか。
「私の名前は、――」
その時、紡がれた大切な、本当に大切な名前を、少年は知らない。
何度も繰り返し、何度も言葉にして紡がれた台詞すらも少年の心には残らない。
少年に会うと、必ず最初に少女は幸福を告げる。
まるで幸せを味わうために必要な、掛け声のように。
しかし、別れの時は、決まって同じ台詞を口ずさむ。
辛い気持ちを心の奥底に封じて、自分が壊れてしまうのを防ぐように。
歪めた表情で、少女は静かに耳元に囁くのだ。
「やっぱり……あなたは大嘘付き、ですね」
そして、最後に必ず、
「あなたなんかに、出会わなければ良かったです」
少女は不幸を告げた。
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