「墓穴を掘る者」
「なぜ埋めるのです? 火葬のほうが主流だって今日うわさ話で聞いたんですが。土葬は病気が流行る元にもなるとかいう文句も聞きました」
「それは」師は言った。少し間をおき「死んだ後、何になりたいか……その死んだ人が、何になりたがっていたか、ということによるのだ。『大気』ではなく、大地になりたい、という人が死後、土にかえるために埋められる。つまり我々の仕事である土葬にされるのだよ。病気については、全くのデマだから心配しなくていい。重要なのは死んだ人が土にかえりたいと思っていた、ということだ」
「それじゃあ、なんで今までそのことを教えてくれなかったのです?」
師は微笑したように見えた。
「お前が知りたいと思うまで待っていたのだよ。まあ、知らなくても仕事には関係ないということもあるがね。確かに最近は土葬を望む人が増えているな。そう、我々墓掘りの仕事が。だが別に『大気』に対する皆の信仰が薄れているというわけではない。ただ、大地と一つになるほうが、死後『どこにいるか』がハッキリしていて良い、という考えが、ちょっとした本の影響で広まったのはあるな。まあ、それが理由だとしたら、火葬で『大気』と一つになるのが良いという考えも、昔からある『千の風』という歌が原因だとも言えるがな。人々の考え方というのはそういったちょっとした歌や本への支持でどんどんうつろっていくということだ。お前がわしほどの歳になるころには、今では誰も考え付かないような死者への祭式が編み出されているかもしれんぞ」
ぼくは、そうですかなるほど、と答えた。が、土葬が増えているにしてはおかしいことがある、それを聞きたかったのだと思い出した。
「でも、最近、墓荒らしが出てるうわさがあるらしいじゃないですか。見張りがいるのに見つけられない何かが、私たちが埋めた人の体をどこかへ運び出しているっていう。それなのに、土葬を望むような人が、つまり、そんなうわさがあるのに私たちの仕事が増えているのは変だと思うんですが……」
一瞬、師の顔からそれまでの微笑が消えた。師は少し苦い表情になった。
「知る必要は無い」
「知ったらまずいことでも?」ぼくは師に対しての初めての余計な詮索に乗り出してしまったと思った。
「人々が土葬を望んでいるのだ。ただそれだけだ」という強い口調で怒る師は久しぶりに見た。「いいから、言われたことだけをするのがここの墓掘り組合の流儀だろうが。雇い主を疑うなと教えたはずなんだがな」
ぼくは「はい」とだけ答えた。しかし謝罪を口にするほどのことをしたとは思っていない。
「この話は終わりだ」
部屋を追い出された。
ぼくを含めた組合の見習いの子供たち五人は、夜、寮からの外出を禁止されている。それどころか就寝時間中は原則的に寝台から出ることすら規則で禁止されている。規則を破れば見習い達全員がきつい基礎体力訓練、腕立て腹筋背筋各二〇〇回、の罰が待っている。
ぼくはその日、規則を破った。破った規則のひとつは夜間の外出。もうひとつは、仕事以外での墓地への侵入だ。
墓荒らしが来るのは、もう分かっていた。ぼくたちが仕事をした三日後、そう、埋葬したその三日後に、来るのだ。これはあまりにも墓荒らしが多いおかげで――今日が日曜日だと自覚できる飼い犬とおそらく同じように――感じることができた。
墓地の入り口には見張り小屋があり、見張り番たちがなぜ墓荒らしを捕まえられないのか、と、ぼくは思っていた。茂みに隠れながら、見張り小屋に近づいた。見張り小屋に、見張りに見つからないように様子をのぞくと、二人の見張りのうち一人はちゃんと仕事をしているように見えた。つまりはそこに立ってはいた。小屋の中にもう一人が待機中なのだろう。
一人しか見張っていないにしても墓荒らしが墓を掘り起こすのを見つけるには充分なはずだと思えた。
そしてじっとしたまま長い時間が経った。ぼくが抜け出したことがばれてはいないか、ヘタしたら組合の寮を追い出されてしまうのではないか、そういった不安がどんどん強まっていった。
二時間くらい待ったように思えた頃になって、墓に来客があった。一人だけで、馬に乗って、ランタンを吊るして。見張りの出番のはずだ。見張り小屋の明かりでは、来客は見張りと何か話しているということぐらいしか分からなかった。
そして見張りの一人はもう一人の見張りを休憩から起こしたようだった。起きてきたと思われるほうの見張りは、来客――馬に乗ってきた者のランタンの灯りとともに、墓地内に入っていった。
ぼくは、墓荒らしの犯人は見張りも含めた彼らだと確信した。師もこのことを知っているのだろう。ぼくは墓地の高い塀を、見つからないようにこそこそとぐるりを回ってからそれによじ登った。中の様子を見ることが、そして聞くことができた。
それはぼくの予想通り、ちょうどぼくたちが三日前に仕事をした――つまり埋葬のための穴を掘った――ところだった。来客は見張りと連れ立ってまさに墓を荒らしていた。来客がシャベルで土を掘っていた。見張りがグルなのだから見張りによってみつからなかったわけだ。やがて死んでいる人が引きずり出された。
来客が死体を横たえさせてから、おもむろにブツブツと何かを歌いはじめた。いや、歌じゃあない。呪文だった。
ぼくは、そのとき勇気を持って仕事道具のシャベルを凶器に飛び出していった。結局それがよかったのかどうかはわからなかった。師や見張りや墓荒らしが全員グルだったことに対する反抗心が、どう考えても無謀な突撃をさせてしまったのだろうか。
もし突撃せずにガクガク震えながら寮に帰っても、明日から師や見張りとの関係が後ろめたいものになってしまうから、「どうとでもなれ、ぼくが正義だ! ネクロマンサーめ!」とでも思っていたのだろうか。
* * *
ぼくは今、そのときの来客であった『大気の主』というネクロマンサーに仕えている。勇気と好奇心を、規律を破ったことをも含めて、買われたらしい。
土葬と墓荒らしは、『大気の主』の死んだしもべへの呪文行使をしやすくするためだった。師の言っていた、土葬が土に返るためなどというのは戯言だった。『大気』よりも、より『大気』的である存在が「死体をよみがえらせやすくする土葬」を好んでいたのだから。
ぼくも将来、あの死体のように掘り出され、横たえさせられて、呪文を唱えてもらうことになるのだ。いや、呪文を唱えてもらうことになったことが既にあるのかもしれない。しかし呪文を唱えられたという経験がぼく自身に残ることは決して、無い。
ネクロマンサーの呪文は、その死体に起こった事を無かったことにするための魔法だ。死体はまず埋葬される。そして、三日間熟成される。そして、呪文によって、死体はその場から消滅し、死は「なかったこと」になる。死んだはずのその人は、『大気の主』の力によって『大気』のような存在の中を飛びゆき、その人の「死ななかった場合の位置」へ「逆行し起こされる」のだ。
ぼくは『大気の主』の奴隷になってから、幾千の戦いを経て、しかして死を乗り越えている。『大気の主』に仕えるものは、決して負けない。何度でも死を誤魔化して生き延びるからだ。
[了]
あとがき
無粋は承知ですが、ネタの解説を入れておきます。
結局これが何の話かというと、「変愚蛮怒」というローグライクゲームの有名プレイヤーがいて……有名になった理由が『AIR』というハンドルネームでサマをしまくっていたから、という一連の事象を単に皮肉っただけのお話なのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます