第462話

 麗奈さんは躊躇いつつも、何枚か楽譜を差し出してきた。

「栞さんの足元にも及ばないとは、思うけど……私も作曲は勉強してるから」

「麗奈ちゃんのっ? 見せて、見せて!」

 私以上に響希さんが前のめりになって、楽譜のメロディーを口ずさむ。

 環さんは頬に手を当て、うっとりと酔いしれた。

「これが速見坂先輩の曲……なんだか、恋愛映画のワンシーンが浮かぶみたいで……」

「お、大袈裟よ。拙い作品だって自覚はあるもの」

 麗奈さんの照れ笑いも珍しいわね。

 律夏さんも舌を巻く。

「いや、思ってた以上にいいよ? これ。栞チャンの曲とも差別化できそうじゃん」

「うんうん! 麗奈ちゃんの曲でもライブしたいよね」

 一方で雲雀Pは頬杖をつき、淡々と呟いた。

「確かに……悪くはねえな。でもお前、ギタリストだろ?」

「……は? ええ、まあ」

「じゃあ、なんでピアノの曲を書いたんだ?」

 全員がきょとんとする。

 プロデューサーが何を言ってるのか、私にも皆目見当がつかなかった。

 何もデタラメってわけじゃないのよ? 例えばショパンの曲は、ショパンがピアニストだから、ピアノで演奏してこその構成になってる。

 でも楽譜を見ただけで、演奏すべき楽器を見抜くなんて……。

 麗奈さん自身、戸惑っていた。

「ピアノの曲……なんですか? これ」

「あーいや、直感でな? 今のは忘れてくれ」

 雲雀さんはかぶりを振ると、次に響希さんの楽譜に目を通した。

「……なんだ、こりゃ?」

 響希さんの照れ笑いは、今日も締まりがない。

「えへへ……ど、どうですか? わたしなりに四季をイメージした曲で……」

 し、四季? ……どのへんが?

 雲雀Pはげんなりとして、決して辛辣ではない評価をくだす。

「そいつはビバルディに失礼だろ。お前、作曲のほうは絶望的だな」

「あ、あれ? そんなに?」

 残念ながら、これはプロデューサーの言う通りね。

 麗奈さんも気まずそうに本音を吐露した。

「ごめんなさい、響希。ちょっとフォローできそうにないわ」

「小学生が書いたのかと思ったぞ。長瀬宗太郎の娘なのに、このレベルか」

 楽譜は読めないらしい律夏さんが、口角を引き攣らせる。

「アハハ……ドンマイ、響希チャン。誰にだって得手・不得手はあるよ、元気出して」

「そこまで悲惨かなあ……うぅ」

 そして可愛いはずの後輩が、とどめにズドン。

「身の程を弁えて、麗奈先輩と栞先輩に任せることね」

 響希さんはデスクに突っ伏し、降参とばかりに両手を挙げた。

「才能ないのはわかったから、許して~」

「お前はピアノだけ弾いてろ。……じゃあ、作曲できるのは大羽と、速見坂か」

 名指しされ、麗奈さんは困惑の色を浮かべる。

「ま、待ってください! やっぱり作曲は栞さんにお願いするほうが……」

「今すぐ採用って話じゃねえよ。とりあえず、お前は曲を書いた分だけ提出しろ。ミュージシャンとしてはチャンスだぞ?」

 そう発破を掛けつつも、雲雀Pは最後に言い捨てた。

「まっ、この曲はボツだが」

「うぐっ」

 撃沈する麗奈さん。でも、私にとっては頼もしくもある。

「私からもお願いします、麗奈さん。ANGEの楽曲にバリエーションの幅が欲しいのもありますけど、その……私ひとりだと、プレッシャーも大きいので」

 ANGEの作曲を独占しようなんて思わなかった。

 児童合唱団で辛酸を舐めさせられた、あの経験が今なお私を尻込みさせるのよ。自分で曲を作ることに。

 だから正直なところ、責任の分担――として、麗奈さんにも作曲して欲しい。

「栞さんの言葉は嬉しいけど、役には立てないと思うわ」

 躊躇うように麗奈さんは首を横に振った。

 雲雀Pが声のトーンを下げつつ、事情を明かす。

「理由はほかにもあるんだよ、速見坂。現状は大羽だけ作曲してる分、天城や葛葉より報酬が多くなるだろ? 曲の印税も大羽に入るわけだし」

 私の楽曲は『VCプロが買い取り』という形を取っていた。この契約によってVCプロは数々の権利(販売権など)を獲得し、商用目的で使うことができるの。

 逆に言えば、たとえ作曲した本人であっても、その曲を勝手に商用目的では使えないわけね。お客さんからお金を取る場合は、必ずVCプロを通さなくちゃいけない。

 それでも権利の一部、要するに『著作権』は作曲家に残る。印税が入るのも、該当の曲を知的財産として有してるのは私、大羽栞だから。

 VCプロは私の曲だってことを、ちゃんと尊重してくれてるの。

 律夏さんが溜息ついでに肩を竦めた。

「ギャラに差があると、荒れるからね。ボーカルがメインだからって、ボーカルひとりで報酬の半分をガメちゃったり、とか? スターライトプロで昔、そんな話も聞いたよ」

 響希さんは『でも』と口ごもる。

「でも……栞ちゃんは作曲も担当してるから、当然じゃないの?」

「当然っちゃあ当然なんだが、な。事務所としては体裁が悪いってこった」

 雲雀Pは眼鏡越しに麗奈さんを見据えた。

「だから速見坂、お前の曲も使おうって話になったんだよ」

 前向きになれない麗奈さんを、響希さんと環さんがヨイショする。

「だ、大丈夫だよ、麗奈ちゃん! わたしも麗奈ちゃんの曲、演奏したいもんっ」

「わっ、わたしだって! 速見坂先輩ならできます、わたしが保証します!」

 律夏さんはわたしに視線を投げると、ウインクを決めた。

「栞チャンの負担を軽減ってのも、大事なことだよ。あたしたち、何でもかんでも栞チャンに依存しちゃってる部分はあるからさ」

「え……?」

 そんなふうに思われていたのが意外で、わたしは瞳を瞬かせる。

「実際かなり依存してんだよ、お前らは。少しは楽させてやれっての」

 雲雀Pの物言いは投げやりで、鵜呑みにする気になれなかったけど。

「で……依存ついでで悪いが、次の議題も大羽頼みなんだよなぁ、これが」

 続いてのお題は、ANGEのホームページについて。

 現状はVCプロの公式SNSで宣伝する程度なのよ。そこで、今月中にANGEのオフィシャルサイトを開設しよう、という話になったの。

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