第425話

 そんな夏の日々を過ごすうち、今年も七夕がやってきた。

 七月七日は織姫と彦星が再会して、みんなの願い事を叶えてくれる――幼稚園の頃は麗奈ちゃんと一緒に、笹の葉にお願いごとの短冊を掛けたりしたっけ。

 ピアノがじょうずになりますように、って。

 でもわたしとパパにとって、七月七日は『お母さんの命日』でもあった。この日はわたしも学校を休んで、パパと一緒にお墓参りに行くのが恒例なの。

「――だから、明日は練習もお休みね」

「オッケー」

 ところが六日の夜、麗奈ちゃんから電話が掛かってきた。

『明日のお墓参りは私も行っていいかしら?』

「それはいいけど……学校は?」

『休むわ。お婆様の許可が出て……明日、話すから』

 わたしのお母さんには麗奈ちゃんも何回か会ったことある。気を遣ってくれたのかな。

 翌日はパパの車に乗って、朝一に出発。

 まずは麗奈ちゃんと合流する。

「おはようございます、おじさん。響希も」

「来てもらえるなんて嬉しいよ。わざわざ学校まで休ませて、すまないねぇ」

 わたしと同じく麗奈ちゃんも学校の制服だった。L女学院は夏服もロングスカートで、その丈はくるぶしまである。

 それを器用に折りたたんで座るさまは、まさにお嬢様。

「いいなあ、L女の制服も。わたしには似合いそうにないけど……ねえ? パパ」

「女子高生の制服の感想を、パパに聞かないでくれるかな」

 わたしも今日は麗奈ちゃんのいる後ろの席へ乗り、山間の霊園を目指す。

 道のりは車で一時間ほど。

 もっと近くのお墓も候補にあったらしいけど、パパがお母さんのため、空気の綺麗なところを選んだんだって。でも、お供えのお花は近所で調達しておく。

「買ってきたよー、パパ」

「ご苦労様。じゃあ行こうか」

 わたしは助手席にお花を置き、もとの席へ。

 お花屋さんで少し買い物しただけなのに、少し汗をかいちゃったよ。

「ふう……そろそろ本格的に暑くなってきたね」

「熱中症には気をつけるのよ、響希」

 麗奈ちゃんは水筒を持参してる。

「ねえ、麗奈ちゃん。どうして急に一緒にお墓参りだなんて?」

 問いかけると、困惑めいた溜息が返ってきた。

「最初はお花だけでもと思って、どんな花がいいか、お母さんに相談したの。それがお婆様の耳に入ったみたいで……お付き合いしなさい、と」

 俄かには信じられず、わたしは目を点にする。だから麗奈ちゃんも戸惑ってるんだね。

「あのお婆さんが?」

「ええ。あと、墓前で失礼がないようって」

 ハンドルを切りつつパパが口を開いた。

「だめだよ、響希。『あのお婆さん』なんて言っちゃあ」

「ご、ごめんなさい……」

「まあ、麗奈ちゃんのお婆様にも思うところがあるのかもしれないね」

 いつぞやの青龍邸にて小梅さん(麗奈ちゃんの祖母)は、わたしたちを威圧的な物腰で迎えてる。有名音楽家のパパが来てくれなかったら、体よく追い出されてたはずなの。

 そんなお婆さんが、麗奈ちゃんに平日のお墓参りを許可するなんて……。

「お婆様が宗太郎さんによろしくと仰ってました」

「また改めてご挨拶に伺わないとなあ」

 青々と晴れ渡った空の向こうに、雄大な山の輪郭が見えてくる。

 やがて坂道が多くなり、道もうねり始めた。パパは無理に進もうとせず、麓の駐車場へ車を停める。

「車で行けなくもないけど、ここからはロープウェイで行こう、響希」

「うん! 急ぐことないもんね」

 お墓参りなのに、ちょっとした遠足気分になっちゃった。

 平日の朝だけあってロープウェイは空いてる。山腹にある霊園まで、大自然の中をのんびりと揺られることに。

「麗奈ちゃんの学校は水泳大会あるの?」

「あるわよ。学年別で……確かそう、中等部が先にやるの」

「そっか、環ちゃんはまだ中等部生なんだっけ」

 夏の予定を相談するうち、ロープウェイは目的地へ。

 静まり返ってるせいか、空気が澄んでるように感じられた。夏の暑さもここでは幾分和らぎ、汗の気配が薄くなる。

 水場の前でパパが足を止めた。自前の軍手を嵌め、手桶に水を汲む。

「準備がいいね、パパ」

「そりゃそうさ。毎年のことだからね」

 そして閑散とした早朝の霊園を進むこと、十分。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る