第404話

 麗奈ちゃんをギタリストとして迎え、わたしたちのANGEが始動する。

 当面の目標は、八月中旬に催されるミュージック・フェスタだよ。おもにインディーズで活動してる実力派のバンドグループが、一堂に会するんだって。

 わたしたちも出場するなんて、まだ実感ないけどね。

 ミュージック・フェスタの運営にはVCプロも関わってて、一番小さなステージで、少しだけ時間を取ることができた。

 社長の井上さんとしては、そこに律夏ちゃんを投入するつもりだったわけ。もしかしたら律夏ちゃんとともにスフィンクスの面々が出場してたかもしれない。

 ところが、井上さんが律夏ちゃん目当てでライブハウスを訪れた当日、律夏ちゃんと一緒にステージに立ったのは――わたしと栞ちゃんだったの。

 こうして天城響希と大羽栞もミュージック・フェスタの舞台に立つことに。

 ……やっぱりまだピンと来ないなあ。

 でも律夏ちゃんや栞ちゃんと演奏するのは楽しいし、麗奈ちゃんもいる。バンド活動のためのキーボードも買って、準備は整ったかな。

 練習にはVCプロのスタジオが自由に使えるように。ただ、通うには遠いんだよね。麗奈ちゃんだけ学校が違うから、平日は放課後、いつものライブハウスに集合する。

 ライブハウスのスタッフでもある栞ちゃんが練習用のお部屋を取ってくれるから、助かっちゃった。もちろん、ちゃんとお金は払ってるよ?

 でも律夏ちゃんは栞ちゃんのコネで、ドラムをタダで借りちゃってたり……。さすがにドラムは運べないから、練習の際はライブハウスのもので代用してた。

 それが週に三回。月・水・金は放課後になったら、ライブハウスへ直行~。

 スフィンクスのメンバーともすっかり仲良くなったよ。

「聞いたよ。フェスタに出るんだって?」

「はいっ。出場といっても、律夏ちゃんのオマケなんですけど」

「何言ってんだい。私は好きだよ、響希ちゃんの演奏も」

 スフィンクスもレコード会社を経由して、フェスタに応募してるらしい。でも同じような応募が殺到してて、一部は審査もしくは抽選になるんだとか。

 わたしたちだけ井上さんの鶴の一声で出場を決めて、悪い気もする。

 そんなわたしの不安を吹き飛ばすように、スフィンクスの先輩たちは笑った。

「出場できるにしろ、できないにしろ、私らもフェスタには行くからさ」

「頑張ってよォ、ANGE! ギターの子にもよろしくね」

「はーい!」

 本当に頑張らなくっちゃ。シード枠で出場する以上、下手なライブはできないもん。


 そして週末はわたしのお家にて。しかしANGEが始動してから最初の土曜は、麗奈ちゃんが参加できず、三人だけになっちゃった。

 朝の十時過ぎには合流し、それぞれ楽器の準備に取り掛かる。

「響希さん、麗奈さんは?」

「学校の行事らしいよ。今日は出られそうにないって」

 ドラムを試し打ちしつつ、律夏ちゃんはぼんやりと窓の外を眺めた。

「……この雨で?」

 六月の空は厚い雲に覆われ、無限の雨を吐き出してる。

 もう三日も続いてるから、気が滅入りそう。

「すっかり梅雨ですね」

「お洗濯が大変だよ。溜まる一方だもん」

「そっか、洗濯も響希ちゃんがやってるんだっけ」

 洗濯物が乾かないのは当然のこと、おかげでキーボードを運ぶのも一苦労だった。専用のケースは防水仕様とはいえ、限度はあるから。

 雨は夜に強くなるって予報のため、今日の練習は朝一からになったんだよ。

「雨の日は部室で歌の練習、でもいいんじゃない? 響希チャン」

「うん。キーボード背負って雨の中歩くの、危ないし……」

 栞ちゃんがわたしと律夏ちゃんの私服を一瞥する。

「明日から完全に夏服へ移行ですよ。響希さん、律夏さんも忘れないでくださいね」

「ちゃんと出してあります、先輩!」

 一年生のわたしはきびきびと敬礼でお返事。

 一方で律夏ちゃんは首を傾げてた。

「あー、お母さんに言っといたほうがいいかも。制服に夏とか冬とか、初めてだからさ」

 中学は二日しか行ってないだけあって、衣替えの慣習に馴染めないみたい。

「半袖のやつだよ。持ってるよね?」

「ん、多分」

 S女子学園では六月の前半に『調整期間』が設けられてて、この期間中は冬服でも夏服でも構わないの。それが、明後日からは半袖の夏服に統一される。

「栞ちゃんは去年、間違えたりしなかった?」

「まさか。もうひとりは予想の通り、やらかしましたけど」

 詠ちゃん(もうひとり)の二の舞にならないように、わたしも気をつけないと。

「ところでパパさんは?」

「お仕事だって」

 雑談もそこそこにして、わたしたちは練習を開始した。

 ミュージック・フェスタは八月、それまでにやるべきことは山ほどある。今月のうちはとにかく練習しまくって、演奏できる曲をひとつでも増やすのが目標だった。

 曲は栞ちゃんが手掛けたものを、井上さんが選んだんだよ。栞ちゃんにとっては意外な曲が残ったらしいけど、わたしや律夏ちゃんにはよくわからない。

 そして七月はいつものライブハウスを拠点にしつつ、他所でも演奏するの。これは井上さんの指示でね、フェスタまでに少しでも活動の実績を作っておきたい、とのこと。

 ちょっとだけお給料も出るんだって。お給料……。

 栞ちゃんは作曲の分でも報酬があるから、すごいなあ。

 それはさておき、練習に集中すること二時間。だんだんお腹も空いてきた。

「休憩、休憩~!」

 律夏ちゃんがドラムスティックを掲げ、降参のポーズを伸びきらせる。

 その頃には雨もいくらか弱まっていた。わたしたちは練習を中断し、リビングへ。でもわたしだけお昼ご飯はあとにして、鞄を手に取る。

「ちょっとスーパーに行ってくるね。お夕飯の材料、買っとかないと」

「お付き合いしましょうか?」

「いいよ。雨だし、ふたりはお家にいて」

「そお? じゃあ栞チャン、先に食べてよっか。響希チャン、お湯借りるねー」

 言葉の意味がわからなかった。

「……お湯?」

「うん。あたしは途中でこれ、買ってきたから」

 律夏ちゃんはがさごそとカラフルなお椀を取り出して、その上に割り箸を乗せた。

 それを見て納得。スーパーでもよく見かける、カップラーメンかあ。

「私はお弁当を持ってきましたので」

「女子力高いね、栞チャンは」

 栞ちゃんのお弁当よりも、わたしは律夏ちゃんのカップラーメンに気を取られる。その視線に気付いたらしい律夏ちゃんが、不思議そうに眉を上げた。

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