第397話

 一年から三年までごっちゃになってるから、二年生の栞ちゃんが混ざっても悪目立ちはしなかった。次は一年同士の試合なのに、むしろ上級生のほうが多いかも?

「本命は一組の御前さんよ。さっきの試合もすごかったんだから」

「三組のあの子も欲しいわね」

 どうやらバスケットボール部の先輩たちみたい。バレー部やバスケ部にとって、球技大会は大型新人を捕まえるチャンスなんだろうね。

 入部がひと月やふた月くらい遅れても、練習次第で挽回できるし、経験者だったらなおのこと。逸材は絶対に逃すまいと、先輩たちは虎視眈々と目を光らせてた。

 体操着の恰好で律夏ちゃんが上腕を解す。

「スカウトされたらどうするの? 律夏ちゃん」

「バンド優先だから、もちろん断るってば」

 えへへ……ごめんなさい、先輩がた。律夏ちゃんはANGEのメンバーなんです。

「頑張ってくださいね。響希さん」

「うん! 行ってきまぁーす」

 栞ちゃんと別れ、わたしもバスケのコートに足を踏み入れる。

 こう見えてわたし、運動はそこそこ得意なんだよ。一回戦もわたしと律夏ちゃんの連携が功を奏し、相手チームを何度も揺さぶったんだから。

 でも次の一年三組は手強そうだった。特にウォーミングアップのついでにドリブルしてる子が目を引く。てのひらに吸いつかせるほどに、ボールの動きを制御してるの。

 球技大会のバスケの試合には、原則としてバスケットボール部の部員は出場しないことになってるから、あれでも部員じゃないんだよね?

 わたしたちの三組は横一列に並んで、一組のチームと向かいあった。

「よろしくお願いしまーす」

 礼のあと、双方のメンバーは配置につく。

 ホイッスルの甲高い音が響くとともに、コートの中央でボールが垂直に上がった。

 それを律夏ちゃんが弾く――と思いきや、相手に先手を奪われる。

「うそっ?」

「ゴメンね!」

 彼女のゼッケンには『御前』と書いてあった。ゴゼン……じゃない。あれがバスケ部の先輩たちが言ってた、ミサキさんか。

「行っちゃえ、結依~!」

 一組の応援を背に、御前さんのドリブルが加速する。

 わたしはブロックに出るも、あっという間にすり抜けられてしまった。

「えっ?」

 ほんとに一瞬の出来事で、宙を掴んだような感覚になる。

 振り向いた時には、もう御前さんはこっちのゴールに肉薄してた。仲間にパスを出すと見せかけ、最後の守備もあっさりと抜く。

「2ポイント! いただき!」

 御前さんの投げたボールは、まるで手品のようにゴールポストへ吸い込まれた。

 思わぬ強敵を前にして、律夏ちゃんは好戦的な笑みを浮かべる。

「やってくれるじゃない。響希チャン、今度はこっちから」

「まだ始まったばかりだもんね。よぉーし!」

 わたしだって、先制点のひとつで怖気づくなんて真似はしないよ。チームメイトと目配せしつつ、律夏ちゃんと一緒に打って出る。

「律夏ちゃんっ!」

 わたしの真横からのパスを、律夏ちゃんは右手ではなく左手で受け止めた。

 ドラマーだから気が付かなかったけど、律夏ちゃんは『左利き』なの。そしてバスケの場合、どちらの手でドリブルするかによって、旋回の向きも変わる。

 つまり右利きのプレイヤーとは動きが逆転するってこと。

 そのせいか、俊敏な御前さんでも律夏ちゃんのドリブルは抑えきれなかった。

「お返し!」

 今度は律夏ちゃんのシュートがネットを揺らす。

 御前さんがわたしに声を掛けてきた。

「ひょっとして、あの子もバスケ経験者?」

 あの子『も』ってことは、御前さんはバスケ経験者なんだね。

「ううん。でも体育では一番、足が速いかなあ」

「面白くなってきたかも!」

 三組と一組の試合は早くも白熱。

 律夏ちゃんがボールを奪うと、猛然と御前さんが迫ってきた。ふたりのステップがキュキュッと快音を鳴らし、攻防の激しさを物語る。

 まさに両エースの対決! ギャラリーの声援もどんどん熱を帯びてきた。

「律夏っ、抜け!」

「突っ込めー、結依!」

 こっちのチームは御前さんを、向こうのチームは律夏ちゃんを重点的に警戒する。

「お願いね、響希チャン!」

「オッケー!」

 おかげで、脇のわたしが出し抜ける場面もあった。御前さんの背後をすり抜け、律夏ちゃんからのパスを受ける。

「しまった?」

「えへへ。ゴメンね!」

 ついでに、さっきの御前さんの台詞をお返し。

 わたしも得点を決め、三組のギャラリーが沸いた。

「やった、やった~! 響希もやるぅ!」

「ふたりで揺さぶっていこ!」

 この調子なら、御前さんの一組に勝てるかもしれない。

 だけど、そうは問屋が卸さなかった。御前さんの放った長い『放物線』が、ゴールポストへすとんと命中。スリーポイントってやつ……。

「や、やば……! あれが入っちゃうわけ?」

 さしもの律夏ちゃんも浮足立った。

 スリーポイントもありうるとなっては、いっそう御前さんの動きに注意を払わなくちゃいけない。その隙を突いて、一組のメンバーがボールを確保する。

「やっちゃって、結依!」

「まっかせて!」

 わたしは御前さんのドリブルを阻むも、ボールに手が掠りもしなかった。

 立て続けに得点を奪われ、チームの士気が下がってくる。残り時間はあと少し、すでに勝敗は決まりつつあった。

「ええーいっ!」

 それでも律夏ちゃんが意地でゴールを決め、一矢を報いる。

 そこでホイッスルが鳴り響いた。試合は一組の勝利、わたしたちは溜息をつく。

「ありがとうございましたー」

 締めの挨拶のあと、律夏ちゃんは好敵手の御前さんとハイタッチを交わした。同じエース同士、通じあうところがあったみたいだね。

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