第377話

 ライブは終了し、バンドのグループもお客さんも撤収を始める。わたしは我に返るや、麗奈ちゃんのいるステージへ駆け寄った。

「麗奈ちゃん! びっくりしたよ。こんなところで会えるなんて……」

 しかし麗奈ちゃんは何も答えず、淡々とメンバーに別れを告げる。

「お疲れ様でした。それじゃ」

「え? 麗奈ちゃ――」

 振り返ってもくれない……?

 それでもわたしは強引にステージを越え、麗奈ちゃんのあとを追いかけた。廊下をまっすぐに走り、その背中にもう一度、大声をぶつける。

「麗奈ちゃんっ! やっと会えたのに、な――」

「話くらい聞いてやりなよ」

 そんなわたしを後ろから追い抜き、律夏ちゃんが割り込んだ。

「速見坂さん、響希チャンの友達なんでしょ? 逃げても誤解されるだけだって」

 わたしと、律夏ちゃんと、麗奈ちゃんと。三人の間で空気が張り詰める。

「あ、あの……」

「はあ」

 先にわたしが口を開こうとするも、麗奈ちゃんの溜息に遮られた。 

「お願い、響希。私がここでギター演ってることは、誰にも言わないで」

「う、うん……それはいいけど」

「じゃあね」

 それだけを言い残し、麗奈ちゃんはギターとともに去っていく。

 律夏ちゃんはやれやれと肩を竦めた。

「なんだったわけ? あれ。感じ悪いなあ」

 わたしは何もわからず、何も答えられず、呆然自失とする。

「麗奈ちゃん、どうして……?」

 そのあとはバンドのみなさんに平謝りして(あっさり許してもらえた)、外へ。

「そこのサ店でも入ろっか、響希チャン」

「ごめんね、律夏ちゃん。せっかく誘ってもらったのに……」

「いーの、いーの。響希チャンのほうが大事」

 お昼前のカフェはがらんと空いてた。わたしたちは窓辺の席につき、紅茶を注文。

「まさか速見坂さんと響希チャンに、こんな繋がりがあったとはねー」

「麗奈ちゃんのこと、知ってるの?」

「そりゃあ同じライブハウスを拠点にしてて、同い年だし」

 律夏ちゃんによれば、麗奈ちゃんはこの一年ほど、あのライブハウスで活動してるとのことだった。律夏ちゃんのようにヘルプ要員として、ギターを弾いてるんだって。

「中学ん時から上手かったからさあ。何度か勧誘の話もあったそうだよ。でも家が厳しいとかで、どこも断ったんだって」

 麗奈ちゃんの家が厳しいなんて、初めて聞いた。

 速見坂麗奈ちゃんは近所に住んでる母子家庭の娘さんだったの。それが突然、引っ越すことになって……麗奈ちゃん自身、当時は理由がわからないって言ってた。

「また一緒に演奏しようって、約束したのに……」

 さっきの麗奈ちゃんの物憂げな表情が、わたしには信じられない。

 わたしのことも昔は『響希ちゃん』って……。なのに、冷たく呼び捨てにされた。

 わたしが曲がりなりにも音楽を続けてるのは、麗奈ちゃんと『WHITE』を完成させるため。その目的に諦めがつく矢先の出来事だったから、頭はまだ混乱してる。

 わたしは麗奈ちゃんに会えて嬉しいの? それとも悲しいの?

 紅茶を飲むことも忘れて、しょげ込む。

「……………」

「かなり参ってるね、響希チャン」

 律夏ちゃんは紅茶を呷りつつ、頬杖をついた。

「でもまあ、見つけることはできたじゃん? せっかく拠点にしたライブハウスをすぐに変えるとは思えないし。今度会ったら、こんなふうにお茶に誘ってみるとかさ」

 沈み込んでた気分に一筋の光明が差す。

「そっか……そ、そうだよね? 今日は急だったから、麗奈ちゃんも驚いただけで」

「あるある! そのうち、あの子の事情もわかるって」

 律夏ちゃんのおかげで少し元気が出た。くよくよなんかしてられない。

 だって、やっと麗奈ちゃんに会えたんだもん。

 麗奈ちゃんがギターなら、わたしはピアノで応えなくっちゃ。

 また一緒に演奏しようね――その約束を果たすために。



 放課後は家でピアノの練習したり、律夏ちゃんとライブハウスへ足を運んだり。

 あれから麗奈ちゃんとは会えてないものの、支配人さんによれば、週末は大抵ひとりで来るらしいの。捕まえるなら、その時がチャンスだね。

 学校から近いおかげで通いやすい。

 そもそも律夏ちゃんがS女子を選んだのも、ライブハウスに近いからなんだって。

 下校のみならず、登校の時間も律夏ちゃんと重なることが多くなった。

「おっはよー、律夏ちゃん」

「……? あ、オハヨ」

 律夏ちゃんがわたしに気付き、ヘッドフォンをずらす。

「今日もバンドの練習?」

「次の週末はステージだからねー。響希チャンも観においでよ」

「行く行くっ! 曲は律夏ちゃんが書いたやつ?」

「んーん。ヘルプだってば、あたし」

 律夏ちゃんと一緒にいると、話題は音楽のことばかり。

 葛葉律夏はアイドルというよりミュージシャンだったのかもね。まだ半月ほどの付き合いだけど、とても暴力を振るうような女の子には思えなかった。

 下駄箱を抜けた先の掲示板は、今朝もごちゃっとしてる。

 部員の争奪戦は今なお続いてるの。こんな掲示板ひとつでも、目立つところに張りたいなんて攻防が繰り広げられていた。

 その隅っこで、誰かがビラを張りなおす。

『ブラスバンド部へ来たれ。初心者歓迎。連絡は二年二組の大羽まで』

 彼女は溜息を交えつつ、わたしたちに気付いて顔をあげた。

「あなたは……確か、新歓でキーボードを弾いてた……」

「そうだよ。あなたも見てたんだ? えへへ……なんだか恥ずかしいなあ」

 ちょっとした名アーティストの気分になって、わたしは照れる。

 そんなわたしを律夏ちゃんが肘で小突いた。

「響希チャン。相手、先輩だよ?」

「……エッ?」

 目の前の彼女は申し訳なさそうにネクタイを摘む。

「この通り……青のネクタイは二年生ですので」

 つまり、わたしは先輩相手にタメ口で馴れ馴れしく話しかけてしまった、と。

「ごごっご、ごめんなさい! 本当にすみませんでした、先輩っ!」

 わたしの空っぽの頭は、大慌てで急降下。

 ところが、それ以上に先輩のほうが慌て、掲示板の端っこにしがみつく。

「いいっいえ、わ、私のほうこそ……ダメな先輩で申し訳ありません。私なんて、新入生に敬語で話してもらえるような人間じゃないんです」

 え……えええ~?

 声には出さないものの、わたしも律夏ちゃんも唖然としちゃった。

 このひと、確かにネクタイの色のうえでは二年生だけど、先輩のオーラがないっていうのかな。でも、その手はしっかりとブラスバンド部のビラを押さえてる。

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