第369話

「あ……ひょっとして、前のと同じ衣装で撮影するんですか?」

「ううん。今日のは新しいやつで、網タイツに装飾が付いたりするはずだよ」

 クラスメートたちが面白半分に沸く。

「網タイツだって! P先生ったら、やーらーしーいー」

「お仕事だってば。お仕事」

「え~、ほんとに? 桃香も気をつけなよ、P先生だって一応、オスなんだから」

「んもう……Pさんはそんなひとじゃないんですっ」

 冷やかされつつ、お昼の打ち合わせは終了。

 放課後は合流し、学校の屋上からシャイニー号で現場へ直行することに。

 本日の仕事はカジノ風ゲームのCM撮影だった。先方から『どうしても桃香ちゃんで』とオファーがあり、時間を限ってのものとはいえ実現している。

「テキパキ行くぞー。桃香ちゃんは着替えとメイク、ね」

「了解でぇす!」

 打ち合わせ通りに『僕』は現場で指揮を執った。

 スタッフたちもプロデューサーの『僕』には一目置き、息を合わせてくれる。

「桃香ちゃん、大学の推薦とかないんですか?」

「あるにはあるんだけど……結果が出るまでは、みんなと勉強したいってさ」

「ひとりだけ余裕ぶったりできないっスよねー。あの性格ですから」

 桃香の受験は誰もが気に掛け、また成功を祈っていた。

 無論『僕』も受験生の桃香を応援している。

 ただ、昔から桃香は真面目すぎるきらいがあり、思い詰めるのではないかと心配もしていた。今日の仕事が勉強の気晴らしになれば、と少し期待する。

 やがて撮影の準備が整った。

 メイクを終え、桃香ウサギも登場する。

「お待たせしましたぁ」

「おおーっ」

 男女問わず、全員の声が重なった。

 持ち前の爆乳を存分にアピールしての、魅惑のバニーガール。桃香が両手を上に乗せてしまえるほどのボリュームで、中央の谷間も深い。

 実はかなり重いため、普段はブラジャーに『僕』の魔法が掛かっていた。そのブラジャーがないせいで、桃香は自分の胸の大きさに困惑する。

「あ、あの……どうですか? Pさん……」

 いつもなら先に『僕』ひとりで確認する段階を設けるが、今回は時間を短縮しての撮影のため、カットしていた。いきなり全員の視線に晒されてしまったせいか、顔が赤い。

 プロデューサーの『僕』は我に返るや、声を弾ませた。

「あ……うっ、うんうん! すごく似合ってるよ、桃香ちゃんのバニー!」

 バニースーツは腰の括れを経て、丸みのついたお尻へ。むっちりとしたフトモモは網タイツで包まれ、妖艶な色気を醸し出す。ハイレグカットは垂直に近い切れ込みで、脚の付け根が一目でわかるほどだった。

 ハイヒールや蝶ネクタイもアダルティックな印象をより濃厚ににおわせる。

 それでいて、ウサギのお耳が可愛らしさを演出した。身体つきは男性をとことん魅了しておきながら、あどけない表情が、『僕』の男心を巧みに刺激する。

 桃香ウサギは『僕』の正面で前のめりになり、爆乳を揺らした。

「撮影の間はモモと一緒にいてくださいね? Pさん」

「も、もちろん。傍で見てるから」

 ぬいぐるみの『僕』は動揺しつつ胸を高鳴らせる。

(自覚ないんだもんなあ、あれで……)

 コンビニや本屋で彼女が表紙の雑誌を買おうとして、動くに動けなくなる男子中学生の気持ちが、わかってしまった。目の前でHカップが揺れたら、『僕』とて困る。

 だからこそ、彼女の前では人間の姿に戻れなかった。

 間もなくCMの撮影が始まる。

 仕事のほうは日が空いているとはいえ、桃香は完璧に仕事をこなした。

「目線こっち! そうそう」

「もう少し前に出てー。うん、その位置がベスト」

 広告用のショットを撮り終えたら、続けざまにPVの撮影に入る。

「お尻をアピールしてくれるかな? んー、いいね、いいね」

「こっち向かなくていいから、スーツずらして……うん、ごめんね。すぐ済むから」

 セクハラと紙一重の指示にも、バニーガールは律儀に応じた。

 『僕』がプロなら桃香もプロ、仕事中に甘えたりはしない。それはスタッフも同じで、全員が真剣に取り組んでいる。

 やがてCMの撮影はつつがなく終了した。

「お疲れ様でしたー」

 『僕』は異次元ボックスから上着を取り出し、バニーガールに被せる。

「はい、桃香ちゃん。風邪ひかないうちに着替えておいで」

「ありがとうございます、Pさん。うふふ」

 嬉しそうに桃香は上着を掴んだ。

 しかしすぐには更衣室へ行かず、ウサギのお耳ごと振り向く。

「ところで、あの……Pさん、今夜はモモの家でお夕飯、食べませんか?」

 今日の夕食はSHINYのメンバーと時間が合わないため、ひとりで適当に済ませるつもりだった。それだけに、桃香の提案は嬉しいところ。

「それじゃあ、お邪魔しちゃおうかな」

「はいっ! 待っててください。モモ、すぐ着替えてきますね」

 十分後にはふたりで一緒にスタジオを出る。

 時間が遅くなってしまったので、馴染みの料理店へ寄ることにした。

「おばちゃ~ん! さっき電話した分、買いに来たよー」

「おや、モモPに桃香ちゃん! 元気かい?」

 女将は桃香を見つけると、安心したようにはにかむ。

「はいよ、特製弁当が二人前っ! フルーツはオマケしといたから。お仕事も勉強も、しっかり栄養取らないとねえ」

「うふふ、女将さんったら。いつもありがとうございます」

「またモモPと一緒に住めばいいと、私は思うけどねえ。いや、今はシャイPだっけ」

 世間話もそこそこに、『僕』たちは桃香の部屋へ。

 このマンションはマギシュヴェルトが経営しているため、『僕』の関係者は格安で借りることができた。ひとりと一匹で住むには、あまりに広い。

「ふたりきりで食べるの、久しぶりですね」

「そうだね。最近はSHINYのメンバーや妹も一緒だったりするし」

 桃香は低めのお膳を出し、背丈が50センチの『僕』のために座布団を積んでくれた。菜々留や恋姫でもなかなかこうは行かない、さり気ない配慮が嬉しい。

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