第364話

 顧問が魔法使いのおかげで、S女の水泳部は五月も練習できる。少しはクラブ活動にも顔を出そうと、里緒奈たちは放課後、更衣室でスクール水着に着替えていた。

「ふんふん、ふん~」

「ご機嫌ね、里緒奈ちゃん」

 SHINYのメンバーにとって、今やスクール水着はお気に入り。情熱的な『彼氏』の感触がありありと蘇ってくるため、部屋でこっそり着ることも。

「恋姫ちゃんも最近、調子いいよねー」

「そ、そう? いつも通りだと思うけど……」

 そんな中、美玖が鼻を疼かせた。

「ねえ……あなたたちのスクール水着、やたらと石鹸のにおいがしない?」

「「「えっ?」」」

 里緒奈も、菜々留も、恋姫も、それぞれ自分のスクール水着を引っ張り、においを確かめる。確かに石鹸の香りがした――が、その動きは三人とも同時かつ同一だった。

「り……リオナのスクール水着だけでしょ、それ」

「そっちは気のせいのはずよ。石鹸のにおいがするのは、ナナルのスクール水着でぇ」

「レンキのだってば。里緒奈や菜々留のスクール水着から、そんなわけ……」

 SHINYのメンバーは似たようなことを主張し、はっとする。

 呆れるように美玖がぼやいた。

「まあ……ミクは薄々勘付いてたんだけど。証拠も揃ったし」

「……証拠?」

「血の雨が降るかもしれないわね。兄さんの」

 五月の青空が俄かに曇り、プールは闇に覆われる。 



 雷が落ちた。

 SHINYの寮からそう遠くないところで、轟音が鳴り響く。

 その稲光を逆光として、三人のアイドルは表情を頑なに強張らせていた。

「ど、どうしたの? みんな……水泳部の練習に行かないと、もう始まって……」

 S女のプールは屋内のため、天候は関係ない。顧問の『僕』は当然、部員の里緒奈たちも今日は参加することになっている。

「そんなことよりぃ……リオナたちに言うこと、あるんじゃないの?」

 嫌な予感がした。

「ぜひともPくんの口から聞きたいわ。言い訳があるのなら」

 むしろ嫌な予感しかしない。彼女らの豹変ぶりには、心当たりがありすぎる。

「洗いざらい白状してもらいますからね? 全部」

 その証拠にぬいぐるみの『僕』は、すでにロープで拘束されていた。妹の美玖が拵えたもので、ご丁寧に魔封じの力が封じ込まれている。

「さて……兄さん、これなんだけど」

 美玖がテーブルの上に並べたのは、三枚のプリメだった。

 それぞれ里緒奈と、菜々留と、恋姫と、人間の『僕』が一緒に映っている。

(終わった――)

 決定的な物証を提示されては、もはや弁解の余地はなかった。

 ところが美玖は結論を急ぐ。

「まさか男の子の姿で、メンバーごとにデートしてるとは思わなかったわ。だから三人で出掛けるのを、ひとりずつって誘導したのね」

「エ? あ、あぁ……うん。そうなんだ」

 おかげで『僕』はわずかに息を吹き返した。

 同時に自分からは口を割らなかったことに、ほっとする。

(そ、そういうことか。日曜のデートだけなら……)

 つまり彼女たちは『ほかのメンバーとも男の子の姿でデートしていた』ことに怒っているらしい。濃厚な夜(ソーププレイ)の件はまだバレていない可能性がある。

「実はその……里緒奈ちゃんにも、菜々留ちゃんにも、恋姫ちゃんにも、別々にバレちゃってさ。そっちの格好でデートしよう、って話になったんだ」

 菜々留が穏やかに微笑む。

「お姫様デートはみんな平等に、だったものね」

 恋姫も『僕』の言い分には耳を傾けた。

「まあP君の都合も、わからなくはありませんけど……」

「じゃあ、言い出せなかったんだ? Pクンってば、優しいから」

 許してもらえそうな光明が見えてくる。

 だからといって、焦りは禁物。『僕』は神妙な声で尋ねた。

「そ、そうなんだ。それで……ど、どうなっちゃうのかなあ? 僕……」

 里緒奈たちは肩を竦める。

「……まっ、変身を解いて付き合わせたのは、リナオだしぃ」

「お姫様デート、お昼のうちはPくんも誠実だったわ」

「里緒奈や菜々留とどんなデートをしてたのか、気になりますが……今回のところは」

 『僕』はぬいぐるみの表情をぱあっと輝かせた。

「みんなぁ……!」

 SHINYのメンバーはにっこりと頷く。

「当然よ。ほら、Pクン」

「縄を解いてあげるから、おいで」

「ちゃんと反省するんですよ?」

 プロデューサーとアイドルたちの絆は本物だった。

 ぬいぐるみの『僕』は短いあんよで、テーブルの上を駆け抜ける。

「里緒奈ちゃん! 菜々留ちゃん! 恋姫ちゃ……んばぶっ?」

 ところが、そんな『僕』の脳天を里緒奈が鷲掴みにした。

「日曜のデートはそれでいいとしてぇ……Pクン? 月曜と木曜以外は、誰にお背中流してもらってるんだっけ……?」

 菜々留と恋姫も酷薄な笑みを浮かべ、ぬいぐるみの『僕』を見下ろす。

「火曜と金曜はレンキの担当でぇ……あら? もしかして」

「これって偶然かしら? レンキは水曜と土曜なのよ」

 ぬいぐるみの身体で『僕』は竦みあがった。

「ア、アワワ……」

「「「許すわけないでしょーがっ!」」」

 さらに大きな雷が落ちる。 

 

 その後、『僕』は庭で宙吊りの刑に処されることに。

「タ~ス~ケ~テ~」

「……はあ。何やってるのよ、兄さんは」

 見かねた美玖が回収してくれるまで、大雨に晒されるのだった。

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