第363話

 もちろん『僕』の認識阻害は完璧。

「いらっしゃいませぇー」

 店員は正面から里緒奈たちを迎えるも、SHINYのメンバーとは気付かなかった。

 また、この店では『僕』も認識阻害で『女子』と誤認させている。

 毎日会うわけでもない相手には基本的に『人間の男性』で通すが、さすがに女性向けのランジェリーショップでは、自殺行為になるためだ。

 美玖が溜息を漏らす。

「本当に器用ね、兄さんの魔法は。その気になればS女の女子全員に、自分は超イケメンだって思わせることもできるんでしょ」

「そんなことしたら即、牢屋行きだよ。それにこの姿の僕は、マギシュヴェルトでも断トツでカッコいいんだから、魔法なんて必要ないしさ」

「その自信はどこから来るの……」

「お城の壁画の勇者様にそっくりじゃないか」

 すでに里緒奈や菜々留は下着の物色を始めていた。

「どれにしよーかなあ」

「うふふ。これは時間が掛かっちゃいそうだわ」

 さすがレディースの下着、メンズとは比較にならないほど数が多い。

 売り場自体も広々としていた。洋服であれ、下着であれ、ファッションはやはり女子のジャンルなのだと感心させられる。ただ、一介の男子として目のやり場には困った。

 にもかかわらず、里緒奈が平然と言ってのける。

「Pクンも選ぶの手伝ってよ」

「いやいやいや! 本気で言ってるの?」

 ぬいぐるみの『僕』は逃げようとするも、恋姫に引っ張り戻された。  

「何恥ずかしがってるんですか? P君、ぬいぐるみですよね?」

「うっ」

 実は『僕』とて、彼女たちの思惑には薄々勘付いている。

 女の子のグループが下着を買いに行くのに、男性を連れていくはずがないだろう。あくまで『ぬいぐるみの妖精』だからこそ、同行を許可されているに過ぎない。

 しかし妹の美玖はさておき、里緒奈たちはすでに『僕』の正体を知っているわけで。

 里緒奈も、菜々留も、恋姫も、あえて『僕』をランジェリーショップへ連れ込むことで、ほかのメンバーに『僕』は男性ではありえない、とアピールしようとしている。

(まずいんじゃないか? これ……)

 そのうえで、『僕』とだけ秘密を共有し続ける――それが狙いらしい。

 さすがに女子高生のブラジャーやショーツにお目に掛かれる機会はないため、売り場の商品には正直、度肝を抜かれてしまった。

それこそサイドを紐で結ぶショーツなど、下着の機能さえ疑わしい。

(女の子は大変だなあ……こんな際どいの、毎日着けて……)

 居たたまれない気持ちを味わいつつ、『僕』は皆の買い物が終わるのを待つ。

 それでも妹以外のメンバーは、何かと『僕』に意見を求めた。

「Pクンはどっちがリオナに似合うと思う? こっち?」

「こういうのって、子どもっぽいかしら?」

「レ、レンキの話も聞いてください? 迷ってるんですから……」

 まるでローテーションでも組んでいるかのように『僕』に声を掛けてくる。

 里緒奈や菜々留は『僕』をからかってのこと。そのつど恋姫が対抗することで、いつの間にかショッピングは争奪戦の様相を呈していた。

 里緒奈の意味深なウインクや、菜々留の唇に人差し指を添える内緒の仕草が、心ならずも『僕』をどきどきさせる。

(からかってるだけ……だよね? まさか本当に、僕に見立てて欲しいなんて……)

 そんな『僕』に冷ややかな視線を向ける、妹の美玖。

「ぬいぐるみの兄さんに聞いてどうするの? 確かに一応、オスだけど」

 里緒奈たちは一斉にアプローチを引っ込めた。

「それは……ぴ、Pクンならエッチなことを抜きにして、その、純粋に? 男の子の意見を聞かせてくれそうだし?」

「オスでも男の子だから、参考程度に聞いただけよ? ええ」

「女子の意見だけだと、偏りそう……でしょう? そう考えて、レンキは……」

 むしろ『僕』のほうがハラハラさせられる。

(どれもやばいよ! 僕が男の子だと知ってる台詞だってば!)

 バレるのは時間の問題かもしれない。

 だが、まだ『僕』は別の危機にまったく気付いていなかった。里緒奈たちを接客していた女性スタッフが、ぬいぐるみの『僕』に目を留める。

「そちらのお客様はお困りではありませんか?」

「へ? いや、僕は別に……」

「よろしければ、私がお客様に似合うものをお探ししますよ。お任せください」

 認識阻害の魔法によって、彼女は『僕』を『女性』と思い込んでいた。

 してやったり、と里緒奈たちがにやつく。

「そうなんです! この子ったらもぉ、恥ずかしがり屋でぇー」

「今日も連れてくるの、苦労したのよね。うふふ」

「あっ、試着させてもらえますか? ブラジャーはできますよね?」

 ぬいぐるみの『僕』は戦慄した。

「アワワ……み、美玖? 助けてくれると、お兄ちゃん、嬉しいんだけど……」

「いい機会じゃない。自分の分も買えば?」

 妹の笑みが恐ろしい。

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