第330話

「次はラジオだよ。三十分後にはスタジオまで『飛ぶ』から、着替えておいてね」

 プロデューサーとして指示を出すと、里緒奈は調子よく敬礼で応える。

「りょーかい!」

「レンキ、あれは苦手なんだけど……」

 一方で恋姫はうなだれ、菜々留は『僕』の首根っこを掴んだ。

「レディーが着替えるのよ? Pくんはお外で待ってて」

「ハ~イ」

 一応は男性扱いされていることに、少しほっとする。

 着替えの間もテレパシーでミーティング。

『大体、この衣装は何なんですかっ? 水着みたいなのばっかり……』

『水着系アイドルなんてふうに呼ばれてるものね。Pくんの趣味なんでしょう?』

『着てあげてるんだから、ほんと感謝してよねー? エロデューサークン』

『だ、だから! 魔法で色々シミュレートしたら、そうなっただけで……ごにょごにょ』

 しかし女子3人に対し男子がひとりでは、プロデューサーとはいえ立場も弱かった。

 最初の頃はハイレグ衣装にも抵抗されたもので。

 『僕』が魔法使いとして怪しまれるところから始まり、プロデューサとして信頼を得るまで、それなりの紆余曲折を経ている。

 やがてメンバーは着替えを終え、扉を開けてくれた。

「お待たせー、Pクン」

「ステージ衣装のほうは僕が預かるよ。貸して」

「……本当に預かるだけ、ですか? 変なことに使ったりしません?」

 これでも大分柔らかくなった恋姫に苦笑しつつ、『僕』は異次元ボックスで衣装を回収する。それからみんなと一緒にエレベーターに乗り、一階ではなく屋上へ。

 魔法で鍵を外し、外へ出る。

「日も長くなってきたわねぇ。ナナル、春って好きだわ」

 四月の街並みは綺麗な夕焼け色に染まっていた。一帯のビルは同じ方角からオレンジ色に照らされ、街の半分をその影で覆っている。

 普段より綺麗に思えるのは、新しい年度が始まったばかり、だからかもしれない。

「明日は雨らしいわよ? Pクン、魔法でなんとかならないわけ?」

「さすがに天候を弄るのはね……僕が怒られるだけじゃあ済まないから」

 これからの一年に期待しつつ、『僕』は魔法で乗り物を召還した。

 一昔前の科学誌に載っていそうなUFOが、稼働音もなしに降りてくる。これがSHINYの移動手段、シャイニー号だ。

 最初のうちは魔法で車を運転していたものの、早々と煩わしくなり――マギシュヴェルトの許可を得て、以降はシャイニー号を足にしている。

「さあ乗って、乗って」

「じゃあスタジまでお願いね」

「安全運転でお願いしますよ? 安全運転で」

 『僕』たちはシャイニー号で夕空へ。

 SHINYのホットでフレッシュな高校生活が始まりつつあった。



 この世界と表裏一体に存在する魔法の世界、マギシュヴェルト。

 『僕』はマギシュヴェルトで少々立場のある家柄に生まれ、いずれ家督を継ぐことになった。そのための修行として、こちらの世界(ヴィルクリッヒ)に来ている。

 修行の目的は立派な魔法使いになること。

 ただしマギシュヴェルトにおいて、男性は魔法を使うことを制限されていた。特に攻撃魔法の類は禁忌とされるほど。

 どちらの世界にせよ、歴史上の戦乱は男性の論理が引き起こしている。マギシュヴェルトはそれを忌み、男性に魔法の力を与えることをよしとしない。

 『僕』の場合は家の都合もあって、特別に修行を許されているに過ぎなかった。当然、私欲のために魔法を悪用することは、頑なに禁じられている。

 そして修行の内容は、


   第一に、ひとの役に立つこと。

   第二に、公平であること。


 要するに魔法の力で奉仕活動しなさい、というのが主旨だった。

 前任者は病院を作り、回復魔法で怪我人の治療に専念したらしい。災害の際はレスキュー活動にも貢献し、多大な功績をあげている。

 ただ、『僕』はそこまで善行を徹底する気になれなかった。

 ひとの命を預かる覚悟もないのに、魔法の力で治療し、感謝される――それで実際に助かるひともいるとはいえ、『僕』自身はきっと納得できないからだ。

 そこで『僕』は別のアプローチを試みることにした。

 それがアイドルを育て、ファンの皆に元気を与えること。この方針はマギシュヴェルトにも二つ返事で快諾してもらっている。

 あくまで『僕』はプロデューサーとして、陰ながらサポートに徹するだけ。

 何もかも魔法で解決するのではなく、アイドルたちに自分の力で頑張ってもらう。

 これを理想に掲げ、『僕』は妹の友達に声を掛けた。

『僕と一緒にアイドルをやろうよ!』

 里緒奈、菜々留、恋姫の三人はスカウトを受け、SHINYを結成。『僕』のサポートもあって順調に人気を上げ、現在に至る。

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