第329話 番外編『妹ドルぱらだいす! #1』

 キラキラの輝きに満ちたステージ。

「SHINY! SHINY!」

 大勢の声援を浴びながら、彼女たちは華麗に踊り、高らかに歌う。

「もっと盛りあがってこーね! みんな!」

「ついていけない子は置いてっちゃうわよ? うふふっ」

 アイドルユニット『SHINY』のライブコンサートは、今回も大盛況。あたかも海原のようにサイリウムの群れが、寄せては返す波を打つ。

「アンコール! アンコール!」

「ありがとぉー!」

 アイドルたちの勝気なピースが、会場を大いに沸かせた。


 やがてライブは幕を降ろす。

 SHINYのメンバーは楽屋へと戻り、着替えるのはあとまわしにして一息ついた。

「ふう~っ! 今日のライブも最高だったの! ねえ?」

 センターを務める里緒奈(りおな)が、挑発的なウインクを決める。体力は尽きかけているものの、まだまだ遊び足りないらしい。その天真爛漫なキャラクターはムードメーカーであるとともに、ファンから愛されていた。

 その隣でメンバーの菜々留(ななる)が、ありありと疲労の色を浮かべる。

「里緒奈ちゃんは元気ね……ナナルは早くお風呂、入りたいわ」

 おっとりとした女の子で、奥ゆかしい所作の数々は育ちのよさを思わせた。それでいて芯はしっかりしており、アイドルの激務に耐える胆力を持つ。

 もうひとりのメンバーはタオルで首筋の汗を拭いつつ、ほかのふたりに釘を刺した。

「まだ今日の仕事は終わってないのよ? 次はラジオの収録が控えてるんだから」

 恋姫(れんき)は優等生タイプで、何かとせっかちな里緒奈や、のんびり屋の菜々留を上手く制御している。

 そんな恋姫を称して、里緒奈は今日も。

「世話焼きの幼馴染みって、狙ってるの? リオナが攻略してあげよっか?」

 少しからかわれるだけで、恋姫は簡単にヒートアップした。

「す、好きで世話を焼いてるんじゃ……! あなたたちがおかしな真似して、またスタッフさんに迷惑を掛けたら、P君が困るでしょう?」

 里緒奈と菜々留はにやにやと口を揃える。

「いつもはPクンをけちょんけちょんに言ってるくせに……ねー」

「女心は難しいのよ。里緒奈ちゃん」

「どっちかと言えば、飼い主の心境よ……」

 いつもの二対一に追い込まれ、恋姫の溜息が落っこちた。

 里緒奈、菜々留、恋姫のトリオで構成されるSHINYは、中学生の頃にデビュー。業界最大手のマーベラス芸能プロダクション、通称『マーベラスプロ』に所属し、快進撃を続けている。

 人気の秘訣は愛らしいキャラクターで、『妹にしたいアイドル』ランキングではパティシェルに続き、上位にランクインしていた。

 高校生にしては少し幼い顔立ちが、表情豊かに男心をくすぐるのだとか。

 その一方で、身体つきは魅惑のプロポーションを誇った。おまけにステージ衣装は毎度のように大胆なデザインで、胸の谷間やおへそを晒している。

 極めつけはボディスーツのハイレグカット。スカートは丈が短すぎるうえに、前後が開いており、もはやデルタを飾るフリルでしかない。

 おかげでフトモモはむっちりと食み出し、後ろでもお尻に生地が食い込む有様。

 こんな恰好のアイドルたちに上目遣いで『応援してね』とねだられたら、男性ファンが熱を上げるのも道理だった。

 今やSHINYはトップクラスのアイドルとして名を馳せつつある。

 しかしその躍進に『功労者』がいることは、世間に知られていなかった。SHINYを大成功へと導いた、敏腕プロデューサーの存在を――。

 ひとりでに楽屋のドアが開く。

「みんな、お疲れ様~」

 同時にボイスチェンジャーのような声がした。50センチほどの『ぬいぐるみ』がふわふわと宙を漂いながら、里緒奈たちに近づいてくる。

「Pクン! 今日のライブ、どうだった?」

「最高だよ! お客さんも大満足!」

 性別はオスなので『彼』と呼ぶべきか。

 彼こそが異界の魔法使いにしてSNINYのプロデューサー、つまり『僕』なのだ。スタッフにはSHINYのP、略して『シャイP』と呼ばれている。 

 菜々留や恋姫は当たり前のようにぬいぐるみの『僕』と言葉を交わした。

「Pくんこそお疲れ様。やっと肩の荷が降りた感じかしら? ふふっ」

「僕はお膳立てしただけだってば。菜々留ちゃん、今日はいつもより声が出てたね」

「レ、レンキにも何かないんですか? P君」

「もちろん恋姫ちゃんもよかったよ。特に後半はダンスが」

 里緒奈が『僕』を我が物に抱っこして、モフモフの感触を楽しむ。

「Pクンのおかげなの! ご褒美あげちゃうゾ~」

「く、くすぐったいよ? 里緒奈ちゃん」

 なんとか『僕』は里緒奈の腕から逃れると、テーブルの上で直立した。それでも椅子に座っているメンバーより目線が低いため、見上げる姿勢になる。

「先に魔法で回復させてあげるよ。じっとして」

 ぬいぐるみの手に念を込めると、楽屋の床に魔法陣が浮かびあがった。優しい緑色の光が溢れ、里緒奈たちを包み込む。

「ん~! 気持ちいい~!」

 瞬く間にメンバーは活力を取り戻した。汗も引き、表情に潤いが戻ってくる。

「でも過信は禁物だよ? これはあくまで気休め程度。ちゃんと睡眠を取らないと、疲れはどんどん溜まっていっちゃうんだからね」

「はぁい。わかってるわよ、Pくん」

 これこそが『僕』の力だった。プロデューサーの仕事をこなしながら、SHINYのアイドル活動を魔法でもサポートしている。

 今日のライブでも実は彼女たちにステータス上昇のバフ効果を与えていた。体力やリズム感を補強することで、長時間のライブを実現。

 ずるい気もするが、『僕』はある目的のためにSHINYをプロデュースしていた。

「それよりP君? 楽屋に入る時はノックしてくださいと、あれほど……着替えの最中だったりしたら、どうするんですか?」

「ご、ごめん。勢いでつい……」

「そんなこと言って~。まっ、Pクンは妖精さんだから構わないけどぉ」

 ちなみにスタッフも『僕』のことを一応、喋るぬいぐるみと認識しているものの、そこに『違和感』は生じない。それもまた魔法の成せる業だった。

 この認識阻害の魔法はとても便利で、用途は多岐に渡る。

 例えば里緒奈たちが街で買い物をする時など、これを掛けておけば、道行くひとは彼女らをアイドルのSHINYと結びつけて考えられなくなるわけだ。

 ただし『僕』の魔法とて万能ではない。里緒奈たちのアイドル活動をかえって混乱させないように、魔法の使用には細心の注意を払っていた。

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