第328話
小恋はアイドル失格級の冷笑を浮かべ、キキを嘲る。
「こんなチビに誰が言い寄るってんだよ? 美形は美女とくっつくもんだろ」
「あんた、その発言、でっかいブーメランって認識ある?」
「小恋ちゃんもコロっと行っちゃいそうで、怖いよね」
この面子でコイバナなんて、不毛な展開にしかならなかった。
「で……綾乃? さっきから何黙ってんの?」
キキが振ると、マネージャーは急に逆上し始める。
「今のは理想でも妄想でもないわよっ! 本当にいるんだから……イケメンアイドルにばっかモテまくる、眼鏡の男タラシが!」
キキたちはぎょっとして、怒りの化身から間合いを取った。
「ちょ、ちょっと……綾乃?」
「憶えておきなさい? やつの名は月島聡子。かつての私の同僚なの」
五月中旬のプールに女のジェラシーが響き渡る。
「その女が今、NOAHでマネージャーをやってるのよ。だからこそ! パティシェルがNOAHに負けることだけは絶対、あってはならないわっ!」
小恋は呆れ顔で呟いた。
「ライバルとか言って……ただの私怨じゃねーか」
「うちの社長の姪っ子さんなんだってー」
情報通の那奈はとっくに把握してたみたい。
「社長は聡子さんを入社させたかったけど、断られちゃってぇ、代わりに綾乃さんを引き抜いたの。それでね、今でも聡子さんを刺激したくって、綾乃さんを……」
「マーベラスプロの社長も、割と器が小さいってことね」
真実を暴かれてもなお綾乃はライバルを許さない。
「あんたたちねえ……目の前のイケメンを、片っ端から横取りされてみなさい? こっちはピエロも同然なんだから」
2×歳とは思えない、やっかみね。
辟易としつつ、キキはアホのマネージャーを宥めてやった。
「いーじゃないの、もう。綾乃だって今はRED・EYEと交際してんでしょ」
途端に綾乃は笑み崩れ、身体を不気味にくねらせる。
「ええっ、それ聞いちゃう~? 確かにラブラブだけどぉー」
「こいつのアタマかち割りたいんだけど。那奈、なんか持ってないか?」
「あとでスイカ割りのスイカに使おっか」
ほんっと、自分はイケメンアイドルをゲットしちゃったくせに……ねえ? でも彼氏によれば『綾乃ちゃんってアホで面白いよね』ってことだから、悔しくはなかった。
「那奈はないの? 理想のアイドル活動ってやつ」
「う~ん……そーだねぇ」
パティシェルのブレーン、百武那奈がにっこりと微笑む。
CDに握手券を同封するのは序の口。
総勢38名のメンバーからセンターを決めるべく、パティシェルは総選挙を開催した。
CD一枚につき一回の投票ができるため、ファンは推しのメンバーをセンターに据えるべく、十枚、二十枚と購入する。おかげで売り上げは断トツだった。
チャートも一位を独占し、ほかの追随を許さない。
まさにコペルニクス的発想。このビジネスは『PTS(パティシェル)商法』『アイドル錬金術』などと呼ばれ、パティシェルは時代の寵児となる。
晴れてセンターとなった百武那奈は、数多のファンに感謝した。
「パティシェルは嫌いになっても、ナナのことは嫌いにならないでね!」
次の錬金術が始まる――。
キキも小恋も絶句よ、絶句……。綾乃が冷静に突っ込むほど。
「今の法律ではその商法、禁止されてるのよ? 那奈」
「そうだったの? なぁんだ、残念」
それ以前に、どうやって38人も集めるんだか。
夢を売るはずのアイドルも、商売だけを追求してたら、こうなるわけね。
ちなみにPTSってのは私設取引システムの略なんだっけ? さりげなく証券取引の用語を投入してくるあたり、那奈の頭ん中では札束が舞ってる。
キキたちは実家のお店を宣伝するために、アイドルを始めたんであって――お金に魂までは売るものかと、ぺったんこの胸に誓った。
「結局、キキたちは今の活動を続けるしかないのね……はあ~」
「仕事があるだけましってやつだな」
キキと一緒にココもぼやきつつ、願望を付け加える。
「でも歌はもう少しどーにかならないのか? あれは恥ずかしすぎるぞ」
「脳が溶けそうって、よく言われるもんねぇ」
綾乃が来てから、パティシェルは楽曲においても方向性をがらりと変えたのよ。
今月のミュージックプラネットでも歌う新曲は、この有様。
恋はお砂糖のように 作詞:ツバサ・M
シュガープラムが囁いた 恋が始まる予感
夜空に浮かぶは 金平糖のお星様?
教えてキスの味 ビターなチョコに背伸びして
甘ぁいイチゴに口付けすれば ほらね
迎えに来て 王子様 わたしの愛が溶けないうちに
早く来て 来て 王子様 そのキスで蕩かして
今夜はあなただけのスイーツに
歌ってるうちに、口の中が砂糖でいっぱいになるんだから、ほんと……。
綾乃は『とんでもない』と肩を竦める。
「この作詞家、有栖川刹那の紹介なのよ? SPIRALの」
「ええっ?」
と、驚きの声をあげたのは那奈。
那奈は那奈で、SPIRALのセンターこと有栖川刹那のファンだったりするのよ。ほかには女優の鳳蓮華も好きだったかな?
有栖川刹那の紹介となっては、那奈にとって作詞の評価も爆上がりした。
「実は前から素敵な歌詞だと思ってたんだぁ~。んふふっ」
「嘘つけ。脳が溶けるんじゃなかったのか?」
やがて休憩時間もなくなり、綾乃が強引に切りあげる。
「さあさあ、贅沢言ってないで。あんたたちを待っててくれてるロリコ……ファンもたくさんいるのよ? 頑張りなさいったら」
「それで誤魔化したつもりかよ」
キキたちはジャージを脱ぎ、再び五月のプールへ。
と思いきや、紺色の暖簾に遮られた。
「……え?」
「その水着はもういいから。こっちに着替えて、十分後に集合!」
無地で濃紺のスクール水着がキキたちを慄然とさせる。
パティシェルを待ってくれてるロリコ――もとい、ファンのために。
「こんなの着るわけないでしょーがっ!」
「お前が着ろよ、綾乃! この間もセーラー服着てただろ?」
「ギャラが二倍になるなら、まあ……いいかなぁ?」
その後は抵抗も虚しく、スクール水着で撮影する羽目になった。
でも、このPVは一週間のうちに百万アクセスを達成。追い風となり、パティシェルはSPIRALにも迫る勢いを見せたのよ。
スクール水着、恐るべし。
「アイドル衣装もスクール水着にしない?」
「こ〇すぞ」
今年の夏は暑くなりそうだった。
ご愛読ありがとうございました。
次回より番外編『妹ドルぱらだいす!』を経て、本編は新章へ突入です。
よろしくね。
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