第202話
ところが、その行き先は家電屋で――NOAHのメンバーは互いにけん制する羽目になってしまった。せっかくの休日なのに、空気が重い……。
「あなたが欲しいのって、それ?」
「だって、寮に置いてないんだもの。お風呂のあとで探したんだから」
咲哉ちゃんが目をつけたのは、乙女を数字ひとつで責め苛む最終兵器、体重計。
はこぶね荘に置いてないのは当然、不毛な探り合いを避けるためだった。たとえ友達であっても、安易に体重を教えるわけにはいかないから。
私も昔は気にしてなかったんだけどね?
女子高で一度でも身体測定を経験したら、もう無関心じゃいられなかった。空気に影響するんだもん、空気に。
わざわざ地雷(体重計)を仕込んで、NOAHの結束を揺さぶらなくっても……。
さしものリカちゃんも口角を引き攣らせてた。
「ほんとーに買うワケ?」
「もちろんよ。これがないと、スタイルの維持で困るもの」
しかし『スタイルの維持』というフレーズが、私たちに淡い希望を抱かせる。
なんたって、抜群のプロポーションを誇る咲哉ちゃんだよ? ダイエットには人一倍詳しいはずで、私たちにも実践的な指南を与えてくれるに違いない。
そのためなら、たとえみんなとデリケートな数字を共有することになっても……。リカちゃんと杏さんは意味深な表情で目配せする。
「咲哉が言うんなら……あ、あったほうがいいんじゃない? 杏」
「そ、そうね。どこかで踏ん切りをつけないと」
にもかかわらず、奏ちゃんはきっぱりと言いきった。
「あんたたちは間食を止めたらいいだけの話でしょーが。杏はパッキー、リカはポテチ」
「それを言わないでぇ~!」
お菓子を愛してやまないふたりが、一緒になって頭を抱え込む。
……ほんとに仲良くなったなあ。
そんな反乱分子のふたりに、咲哉ちゃんはびしっと人差し指を突きつけた。
「寮に帰ったら、正直に白状してもらうわよ? ふたりとも」
「あ~んっ!」
スイーツを巡って、絶望的な戦いが幕を開ける(杏さんとリカちゃんにとって)。
お次は恒例の、下着売り場にて一悶着。
わいのわいのと牽制を繰り広げてから、私たちは喫茶店で落ち着いた。前に刹那さんと一緒に来たカフェで、ね。
マスターのお爺さんがにこやかに迎えてくれる。
「いらっしゃい、結依ちゃん。今日はお友達もたくさんだねえ」
「遊びに来ちゃいましたー! エヘヘ」
これで私も馴染みの常連……かな?
午後の三時過ぎ、そんなに椅子の多いカフェじゃないけど、適度に空いてる。私たちはカウンターから一番近いテーブルを囲んで、一息ついた。
私やリカちゃんは変装用の眼鏡を外す。
「去年のうちは素顔でゲーセン出入りしても、ばれなかったんだけどなー」
「あっ、初めて会った時のこと?」
ちょうど私の向かいにいる杏さんが、メニューから顔をあげる。
「社長に呼ばれて集まった、あの日ね。あれからまさか、こんなことになるなんて……」
奏ちゃんと咲哉ちゃんは瞳を瞬かせていた。
「あんたたちのファーストコンタクトか……その前に注文しない?」
「コーヒーも紅茶もたくさん種類があるのね。えぇと……」
みんなして決めあぐねてると、マスターのお爺さんが声を掛けてくれる。
「当店自慢のブレンドコーヒーはいかがかな? 女の子のグループだと、よくクッキーの盛り合わせと一緒に注文してくれるんだ」
「じゃあ、それでお願いします」
コーヒーを待ちながら、杏さんは物静かにカフェを見渡した。
「雰囲気のいいお店ね。結依、よく来るの?」
「刹那さんに教えてもらったんですよ」
「ああ、それで……。刹那のお気に入りって言われたら、納得だわ」
刹那さんのセンスが褒められてるみたいで、私も嬉しい。
にしても、あの有栖川刹那を呼び捨てにしちゃうなんて。杏さんと刹那さんって、ほんとにクラスメートなんだなあ。
「奏はL女で有栖川刹那に会ったりしないの?」
「まだ一度もないわね。学年も違うし」
L女学院にはアイドルのほか、若手の色んなプロが在籍してるんだって。さすが由緒ある名門、そこいらの高校の比じゃなかった。
咲哉ちゃんがおずおずと口を挟む。
「それで、さっきのお話だけど……結依ちゃんたちのファーストコンタクトって?」
私は杏さん、リカちゃんと目配せしつつ、同じ笑みを浮かべた。
「VCプロでね、いきなり『三人でアイドル活動を始めなさい』って言われたの。でも杏さんは反対するし、リカちゃんも乗り気じゃなくって……」
「そりゃあ反対くらいするわよ。こっちは何も聞かされてなかったんだもの」
「アタシはリサイクルされちゃってる気分でさあ」
決裂ってほどじゃないにしても、不穏な空気に戸惑ったのを思い出す。
「でも杏さんが私の学校の文化祭に来てくれて、のど自慢に出場したんですよね」
「あの体験がなかったら、今のわたしはなかったかもしれないわ」
「それ、アタシが出損ねたやつだよねー」
咲哉ちゃんが頬を緩めた。
「わたしも去年、文化祭で歌ったのよ。RED・EYE」
「失神したやつのひとりやふたり、いたでしょ……」
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