第195話
バックダンサーのメンバーは大半がマーベラスプロの候補生なんですって。わたしはVCプロの所属でありながら、彼女たちに混じって練習することに。
ところがレッスン場で意外な人物と鉢合わせになったの。
「あれ? 咲哉ちゃん?」
「……もしかして結依ちゃんも?」
NOAHのセンターこと御前結依ちゃんとね。
どうやら井上さんの計らいで、今度のステージは結依ちゃんと一緒みたい。最初こそ驚いたものの、結依ちゃんと同じチームで踊れるのは嬉しかった。
「短い間だけど、よろしくね。結依ちゃん」
「うん! 頑張ろうね、咲哉ちゃん」
天真爛漫な結依ちゃんのおかげで、ほかのメンバーともすぐに打ち解ける。
当然のようにみんな、九櫛咲哉のことは知ってた。
「九櫛さんって、あのVCプロに移籍してたんだ? へえ~」
「ってことは、もうじき復帰?」
「ええ。まあ……」
まさか『NOAHで』とは言えないから、適当な相槌でお茶を濁す。
結依ちゃんは九櫛咲哉がNOAHに加入することも、わたしがステージ衣装を手掛けてることも知らないはずよ。これは……面白い悪戯になりそうね。
練習場でウォームアップしてると、コーチが入ってきた。
「はいはい! おしゃべりはそこまでにして、整列!」
「ハイ!」
と、チームのみんなは元気に返事するも、わたしだけ呆気に取られる。
そのせいか早くもコーチに睨まれちゃったわ。
「あなたが九櫛咲哉さん、ね……。VCプロから話は聞いてるわ。だけどステージに上がる以上、特別扱いはしないから、死ぬ気でついてきなさい」
「は、はい!」
わたしはぴんと姿勢を正す。
こういうのが『体育会系』ってやつよね、多分。部活の経験はないから、怒られて怖いのより、新鮮って気持ちのほうが強かったりする。
「本番まで一ヶ月! まずはランニングからよ、フロアを十周!」
「ハイ!」
チームメイトは一斉に走り始めた。
それからダンスの練習に移って、振りつけの指導があって……。なにぶんわたしは初めてのものだから、腕を間違えたり、脚が逆になったりする。
そうこうしてるうちに、バテちゃったわ。
……ほかのみんなが。
「ぜえ、ぜえ……」
「だらしないわね。あなたたち、これが初めてではないでしょう?」
「ですけど、はあ、不慣れな動きはどうしても……」
二時間が経つ頃には、マーベラスプロの候補生たちは息も絶え絶えになってた。
一方で、平然と立ってるのは結依ちゃん、それからわたし。コーチはわたしの身体つきをしげしげと眺め、目を丸くする。
「咲哉さんには驚いたわ。三十分もすればヘバると思ってたのに。ひょっとして、身体を鍛えてたりするんじゃない?」
「去年の夏からずっとスポーツジムに通ってるんです」
「道理で……これだけ体力があるわけね」
結依ちゃんが嬉しそうに手を挙げた。
「コーチ! 咲哉ちゃんと一緒にもう一回、最初から見てもらえませんか?」
「いいわよ。でも、その前に水分補給はしなさい」
ひとりでも曲を聴きながら練習はできる。けど『合わせ』で練習するほうが、ステップのタイミングや距離感、メロディの流れも掴みやすいわ。
先日のステージで、結依ちゃんもこんなふうに踊ったのかしら。
そんな練習を二日、三日とこなすうち、コーチの評価も変わってきた。
「最初はリズム感にぎこちないところもあったけど、この短期間でかなり伸びたわよ。アイドルで再出発という話も、あながち間違いではなさそうね」
歌の練習を続けてた成果かも。
結依ちゃんが首を傾げる。
「アイドルって……咲哉ちゃんも?」
ぎくりとしつつ、わたしは平静を装った。
「そういうわけじゃないのよ。えぇと……井上さんから『勉強』ってことで、ね」
ついでにコーチに目配せして、まだ内緒ってことを察してもらう。
「今の時代、モデルも写真映りがいいだけじゃ、手詰まり感があるのよ。なんでもやってみて、吸収できるものは吸収していかないと。ほら、あなたたちも!」
チームメイトは小休止を切りあげ、ぞろぞろと立ちあがった。
まとめ役らしいメンバーのひとりが前に出る。
「コーチぃ、提案なんですけど。両サイドは結依と咲哉にしませんか?」
「なるほど……」
コーチは逡巡しながら、わたしと結依ちゃんを見比べた。
結依ちゃんが遠慮がちに尋ねる。
「あのぉ、コーチ? 両サイドって……」
「フォーメーションの右端と左端よ。全員の起点になったりするから、普通は上手い子を配置するんだけど、体力のあるメンバーを置くって手もあるわね」
わたしは目を白黒させた。
だって、ダンスは初心者もいいところなのよ? それがいきなりチームの『起点』に立つなんて……ううん、自信がないわけじゃない。
新入りが出しゃばることで、チームメイトに不協和音をもたらすのが怖いの。中学校の頃の過酷な経験は、今なおわたしのコミュニケーションに影を落としてる。
でも結依ちゃんは物怖じしなかった。
「そのほうがみんなも動きやすいんなら、サイドに立ちます」
「いいよねー? 結依で」
チームメイトは次々と頷く。
わたしが持ってないものを、結依ちゃんは持ってた。これがセンターの素質――チームのことを第一に考えてるから、そこに遠慮も自惚れもないんだわ。
ステージ衣装の製作も同じ。芸能学校の仲間たちはわたしを認めてくれて、わたしもまた衣装の完成を最優先にしてた。自分の手柄なんてふうに考えたことは一度もない。
ここで二の足を踏んで、負けてられないわね。
「わたしもやります!」
そう宣言すると、結依ちゃんがわたしにてのひらをかざした。
「頑張ろうねっ!」
「……ええ!」
初めてのハイタッチ。
チームメイトも気合を入れなおして、練習を再開する。
「ふふふ……掛かったわね。端っこは一番見えづらいのよー? 結依」
「エッ?」
「うそうそ。アイドルが前で踊るんだから、端っこのほうが見えるんだってば」
「おしゃべりはそこまで! 始めるわよ!」
わたしと結依ちゃんのダンスは、日に日に鏡写しのように合ってきた。
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