第188話

 結依ちゃんに手を引かれながら、会場へ戻る。

「……恥ずかしいとこ見られちゃったわね」

「さっきのことは誰にも言わないよ」

 ほんと、見られたのが結依ちゃんでよかったわ。その……毎日学校で顔を会わせるわけじゃないもの。それに手を繋いでるだけで、とても心強かった。

 ところが客席に戻ろうとした矢先、意外な人物に声を掛けられたの。

「久しぶりですわね、咲哉さん」

「……呉羽さん?」

 主催者の陽子さんは先に結依ちゃんに詫びを入れた。

「ごめんなさい。あなたのお友達、お借りしてもよろしくて? あとは理恵と一緒にご覧になるといいですわ」

「は、はい。構いませんけど……」

 井上社長もやってきて、わたしの席につく。

「座席の交換よ。咲哉、あなたは陽子と行きなさい」

「わかりました……では」

 釈然としないものを感じつつ、わたしは陽子さんとともにランウェイのすぐ傍へ。

「第二部にはぜひとも、あなたに見ていただきたいものがありますのよ」

「わたしに、ですか?」

「うふふ。あなたはまだご自身の『価値』に気付いていらっしゃらないようですから」

 あの呉羽陽子にここまで言わしめるものが、わたしにあるとは思えないけど。

 わたしは遠慮がちに陽子さんの隣で腰を降ろし、第二部の開演を待った。

 陽子さんがちらっと意味深な視線を向けてくる。

「目が真っ赤でしてよ」

「これは……その」

 さっきまで大泣きしてたから、お化粧もぐちゃぐちゃに違いなかった。

 まだ胸が落ち着いてないのに、陽子さんの相手は苦しい。

「そうそう。あなたの応募作品、なかなかよくできてましたわ。惜しむらくは背面の構成で……やっぱり、まだ気になさってますのね」

「あ、はい」

 ストレートに図星を突かれてしまった。

 あの応募作品、確かに背面のデザインが気掛かりだったのよ。自分が着ることをイメージしてたから、背中の傷は隠しておかないと、って……。

「あなたが自分で着る分には、あれでよろしいの。ですけど、あなたは今年の舞台に立つことはない……ですから、三次の段階で落選とさせてもらいましたわ」

「そうだったんですか……」

「まあ仮に最終選考へ進んでも、どう転んだかはわかりませんけど」

 審査員のトップでもある陽子さんに言われると、説得力がある話……かしら?

 しばらくして、クレハ・コレクションの第二部が幕を開ける。  

 二部も一部と同じく闇の中から始まった。スポットライトの白い円がステージを満遍なく巡るも、モデルの姿は見当たらない。

 その円がランウェイを駆け抜けたところで、初めてシルエットが浮かぶ。

 SPIRALの有栖川刹那だわ!

 夜空のような色合いのサマードレスをまとい、そのスカートを優美に波打たせる。

 端正な顔立ちは気高い笑みを湛えていた。アイドルのはずなのに、熟練のモデルさながらの足の運びで、すらりとした脚線美を引き立てる。

 プロポーションの『魅せ方』を熟知してるのよ。

 ただ歩くにしても、競歩の動きを取り入れることで、ボディラインはいっそう引き締まる。そういった技術を有栖川刹那はさり気なく、かつ効果的に使ってた。

 トップアイドルと称されるだけのことはあるわね……。

 有栖川刹那を皮切りに、続々と大物がステージに登場する。

 今年のクレハ・コレクションは著名なモデルを後半に寄せてたみたい。そして第二部も中盤に差し掛かった頃、陽子さんが笑みを含めた。

「咲哉さん。次でしてよ」

 再び舞台は闇に覆われ、ふたつのスポットライトが中央で重なる。

 最初に目についたのは、左肩を飾ってる紫色の大きな薔薇。今までの洋服とは格段に風格が違ってた。これは陽子さんが手掛けたドレスなんだって、迫力でわかるの。

 でも、それ以上にわたしはモデルの身体つきに驚かされた。

 観客もみんなざわめいてる。

 その反応を待ってたかのように司会が吼えた。

「26番っ! この夏もベルトの防衛を果たした、女子プロレス界の若き女王! サラス=バディ子さん、まさかのご登場です!」

 筋肉質のスタイルがライトアップを受け、神々しいほどに輝く。

 ファッションモデルの大舞台に女子レスラーのチャンピオンが参戦……?

 でもチグハグ感はなかった。強靭な身体つきと、艶めかしいバイオレットのドレスが、信じられないくらい自然に溶けあってるのよ。

 陽子さんは不敵に微笑む。

「あれこそが、わたくしの目指す美の到達点ですわ」

 バディ子さんは威風堂々とランウェイを進むと、無駄のない動きで踵を返した。

 薄手のドレスには背筋がくっきり。

 それでも彼女の後ろ姿は女性のたおやかさに溢れてたわ。

「綺麗……」

 この数分のうちに、わたしの今までのモデル観は覆されてしまった。

 服飾モデルは洋服を引き立てるのが仕事だから、過ぎるも欠くもないボディラインを維持するものよ。わたしも中学の頃は食事と運動の量を事細かに調整してた。

 自棄になってジムで鍛えまくるなんて、もってのほか。

 だけど女子レスラーのバディ子さんは、従来のファッションモデルとはまったく別の角度から切り込んだの。

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