第172話

 募集を締めきって、間もなく一次選考の結果が発表された。

 芸能学校のデザイナー仲間が何人かと、蘭さんと……わたしも一次を突破。今は二次審査がおこなわれてる。

「こんな短期間のうちに捌けるんですか?」

「開催まで日がないから、届いた作品をその都度、見てたんじゃないかしら」

 ブティックでお仕事がてら、わたしは蘭さんと選考について話してた。

「一次は単純に技術力を確かめるためのものだから、妥当な結果ね。デザインの方向性や独創性が問われるのはこれからよ、咲哉ちゃん」

「ここからが本当の勝負……」

「そういうこと」

 クレハ・コレクションのデザイナーズ部門は応募総数が千を超えてる。

 その中で一次を突破できたのは、およそ160作品。

 クレハ・コレクションのステージで発表されるのは30作品だけど、うち10作品はすでにシードが決まってるのよ。あとの20作品がこの審査によって選出されるわけ。

 二次選考を受けてるのは160だから……出場できるのは八分の一か。

 蘭さんが苦笑する。

「実を言うと、私も最終選考まで残ったことはないのよ。過去に二回、三次選考まで行ったきりね」

 ファッションに造詣の深い蘭さんでさえ、審査は三次止まりだなんて……。

「流行を追いすぎてもほかと似たり寄ったりになるし、かといって独自性が強すぎてもハネられちゃうし……難しいわね」

「はい。わたしも二次が通るかどうか……」

 それでも、せめて二次選考くらいは突破したかった。

 三次からは陽子さんがじきじきに応募作品を吟味するそうなの。言い換えれば、二次の壁を越えない限り、陽子さんの目には絶対に届かないってこと。

 一次を突破できたんだから、とりあえず技術力は認められてる。けど、仮に二次で落選しちゃったら、わたしは今の自信を保てるかわからなかった。

 井上さんに共感めいたものを抱いて、一念発起のもとに作品を応募して。

 その結果が単なる『一次止まり』じゃ、もう何も手がつかなくなりそう……。

 沈むわたしを見かねて、蘭さんが発破を掛けてくれる。

「あれこれ考えたってしょうがないわよ、咲哉ちゃん。あとは神のみぞ知る、って言うでしょう? 果報は寝て待て、でもいいかしら」

「そう……ですね」

 わたしは顔をあげ、ブティックの従業員らしい営業スマイルを取り戻した。

「やれるだけのことはやりましたから」

「お互いにね。さあ、そろそろお店を開けるわよ」

 今日は気分転換を兼ねたお仕事で、応募のために散々使い込んだ頭を休めることに。

 蘭さんのブティックは先月のうちにメインを夏物から秋物へ切り替えてた。まだ暑いから秋物は早い……なんて悠長に構えてたら、出遅れるのは確実だもの。

 売れる分は売って、次のシーズンに商品を残さないのも大事よ。

 こういう販売店ならではのイロハは、実際に務めてみないとわからないわね。ずっとモデルを続けてたら、決して経験しなかったこと。

 お店のドアが開いて、カランカランと鐘を鳴らす。

「いらっしゃいませー」

 また、こういった季節の変わり目に先んじて買い物に来るお客さんは、ファッションへの関心が人一倍高かった。涼しくなる前から秋物をチェックするんだから、当然よね。

 人気の洋服を一足先に、という競争心もあるはずよ。

 冷房は効かせすぎず、『秋』の空気を心がける。

「一気に新作が入ってきたわねー。どのへんが人気なの?」

「お客様が必ずお手に取るのが、こちらの丸ネックの中長ニットですね。今年の秋物はゆったり系が強い感あります」

「デニムシャツはどう? ドラマで見たのがカッコよくってさあ」

「もちろん取り揃えておりますよ。どうぞ」

 接客にも慣れたものだわ。

 お客さんと話してると、選考のことも考えずに済む。

 やがてお客さんが途切れ、蘭さんは作業場のほうへ引っ込んでいった。

「私は奥で直しやってるから、お店のほうはお願いね」

「わかりました」

 お客さんによっては商品に手直しが必要なのよ。ジーンズだとユーズド加工が欲しい、なんて注文もあるわ。わたしの裁縫スキルじゃまだ手を出せないのが、少し悔しい。

 レジ周りを掃除してると、再び鐘の音が鳴り響いた。

「いらっしゃいませ」

 と営業スマイルで迎えつつ、わたしは首を傾げそうになる。

 そのお客さんは帽子を目深に被って、眼鏡を掛け――明らかに人目を意識した出で立ちだったの。宝石店だったら、この時点で防犯スイッチを押してるんじゃないかしら。

 でも彼女はあっさりと帽子を脱ぎ、眼鏡も外した。

「ふう……ちょっと出るだけでも窮屈ね」

 わたしは思わず声を上げる。

「みっみ、観音怜美子さん……?」

 不審者の正体はかの大人気アイドル、観音怜美子だったのよ。

 怜美子さんは眉を顰めると、わたしに一瞥をくれた。

「新しい店員さん? 蘭さんはいないの?」

 中学時代にサインをお願いしたことがあるから、初対面じゃない。だけど、わたしのほうはハーフレンズの眼鏡やエクステで印象を変えてるから、気付いてないのかも。

「奥で手直しされてるんです。お呼びしましょうか?」

「別にいいわ。邪魔しても何だし」

 怜美子さんは面倒くさそうにかぶりを振った。

 そしてわたしを見据え、不敵に微笑む。

「代わりに、今日はあなたに見繕ってもらおうかしらね。うふふっ」

 観音怜美子さんのお洋服を、わたしが……?

 さすがに緊張したものの、断れるわけがなかった。量販店じゃないのよ? お客さんのオーダーにはひとつずつ丁寧に応えなくちゃいけないの。

 怜美子さんはしれっとした表情で髪をかきあげた。

「そんなに気負わないでちょうだい。別に意地悪で言ってるんじゃないから」

「は、はい。では……今日はどういったものをお探しですか?」

 腹を括って、わたしは怜美子さんに話題の秋物を勧める。

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