第111話
「いっそ、ジャンケンで決める?」
「投票してくれてるから、もう少し待とうよ、奏ちゃん」
その後も『あの色がいい、この色もいい』と相談するうち、投票の結果が出た。スタッフさんが頭を低くして、私たちに集計結果のプリントを届けてくれる。
それによると、
「……あ、私がピンクなんだ?」
御前結依はピンクのジャージ、という意見が圧倒的。
でもって橙はリカちゃん、青は杏さんって声が多かった。赤は私とリカちゃんで、青は杏さんと奏ちゃんで競合してる部分もあるけどね。
奏ちゃんは紫色のジャージを手に取る。
「まあいっか。杏のブラの色で……」
「奏っ! あなたまでひとの下着を捏造しないの!」
またも杏さんの怒号が弾けた。
「それじゃ、着替えよっか」
「収録中よ?」
「いーの、いーの」
私たちは一旦スタジオを離れ、更衣室のほうへ。
カメラは無人のリビングを黙々と映し続ける。地上波だったら放送事故だね。いの一番にカメラの前へ舞い戻ったのは、リカちゃん。
「お待たせ~! どーお?」
軽やかにターンして、ぱっちりとウインクも決まった。
橙色のリカちゃんに続いて、青色の杏さんがしずしずと前に出る。
「丈がぴったりで、いい感じだわ」
「じっとしてないで、横とか後ろも見せてあげないと」
「あぁ、そうね」
なるほど……ああやってお披露目するんだね。
ピンク色のジャージを着て、私もカメラの真正面へ。おろし立てのジャージは生地に張りがあって、肌触りが気持ちいい。
「ピンク色のも可愛いわね。結依が着てるせいかしら……?」
「えへへ。これでレッスンするの、楽しみ!」
「結依ってば放送してるの、忘れちゃってるでしょ」
いつの間にやら私、カメラやスタッフを意識しすぎることもなくなってた。いつもみたいに杏さんやリカちゃんとお喋りする気分になって、自然体でいられるの。
奏ちゃんもジャージ姿で追いかけてきた。
「待ってったら、結依! あたしだけ置いてくなんて――きゃっ?」
ところが、その足が不意にコードに引っ掛かる。
奏ちゃんはバランスを崩しながらも前に出て――私も驚くばかりで対応できず、巻き込まれてしまった。それでも身体を捻り、せめてソファーのほうへ倒れ込む。
杏さんもリカちゃんも青ざめた。
「ゆっ結依! 奏も大丈夫?」
「あっちゃ~。派手にやっちゃたわね、これは……」
一方で、私と奏ちゃんは何が起こったかもわからず、至近距離で瞳を瞬かせる。
「……?」
奏ちゃんの顔がやけに近かった。唇には妙な圧迫感。
気付いた時には、私のほうが上になって、奏ちゃんをソファーへ押し倒していた。
し、しかも……唇を塞いで……。
「ちちっ、ちょっと、ちょっと! 何やってるのよ、結依!」
「奏にキスまで許した憶えはないってば!」
杏さんとリカちゃんが一緒になって、血相を変え、私の身体を奏ちゃんから剥がしに掛かる。十秒ほど続いたキスは外れ、私と奏ちゃんの愛は引き裂かれた。
キスを自覚しつつ、私は顔を赤らめる。
「ご……ごめん、奏ちゃん……でもその、今のは事故だからノーカウントで……」
「当たり前よ!」
「当たり前でしょっ!」
杏さんとリカちゃんの主張が綺麗に重なった。
両手で唇を押さえる奏ちゃんの、いじらしい瞳が涙を滲む。
「ゆ、結依のばか……やっぱり女の子相手に、こ、こんなことばっか……」
「まさか……狙ったのね? 結依」
「しっ、信じらんない! 奏とはいつからなの?」
正面と両脇の三方向から疑惑に晒され、私は狼狽するほかなかった。
「ごごっ誤解だってば! 確かに昔は女の子と付き合ったりしてたけど、ほんとにプラトニックな関係で……今のだって、狙ったんじゃないから!」
口が滑る。カメラの前で。
聡子さんはがっくりとうなだれ、頭を押さえてた。
「はあ……。途中まではよかったのに」
グダグダのまま生放送は終了する。
そしてこのあと『事故チュー』がバズった。
はこぶね荘に帰ってすぐ、反省会のためにテーブルを囲む。
私たちの頭もようやく冷え、今は寒々しい後悔の念に駆られてた。誰よりも申し訳なさそうに奏ちゃんが口を開く。
「本当に悪かったわ。あたしのせいね……」
「いいえ。足元に気をつけるよう注意しなかった、私の落ち度です」
マネージャーの聡子さんも意気消沈しちゃってた。
幸いにして怪我もせず、大事には至ってない。放送のほうも、まあ……大きな話題にはなったってことで、幕引きとなったの。
過ぎてしまったことにリカちゃんは肩を竦める。
「全員でパニくっちゃうなんてねー。アタシもカメラのこと忘れてたわ」
杏さんの溜息も重かった。
「しっかりしてちょうだい、リカ……テレビ関係のキャリアはあなたが一番長いのよ?」
「アタシだけのせいにしないでくれる? 杏だってー」
残念ながら生放送は失敗だね。
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