第110話
そこはお部屋の中にお部屋がある、不思議な場所だった。
カメラや機材が立ち並ぶスタジオの真中にね、こぢんまりとしたリビングルームがあるの。ソファーやテーブル、本棚に、果ては電子レンジまで揃ってる。
「カメラから見れば、アタシたちがお部屋で寛いでるように見えるワケ」
「あー。なるほど」
余所のタレントも家具を替えたりして、使ってるんだって。
私たちはスタッフに応答しつつ、ソファーに満遍なく腰を降ろした。真正面のカメラから見て右から順に、奏ちゃん、リカちゃん、私、杏さん。
「生放送って、何か気をつけることありませんか?」
「いつも通りでいいよ。気楽にダベってる感じのを、流したいんだ」
杏さんは困惑気味に俯いた。
「いつも通りって言われても……テレビに出演したのだって、まだ一回だけなのに」
「あんた、ちょくちょくバラエティーなんかに出てたじゃないの。伊緒がテレビで何度も見かけたことあるって、言ってたわよ?」
「あ、あれはゲスト出演よ。今日は主役なんだから……」
奏ちゃんとリカちゃんの溜息が重なる。
「はあ……まったくもう。世話の焼ける先輩だわ」
「結依より挙動不審になってんじゃん」
この空気は『いつも通り』だね。
聡子さんはカメラの脇で見守ってくれてた。眼鏡越しの視線が熱い。
(頑張ってください!)
(はいっ!)
いよいよ生放送が始まる。
「本番、行きまーす! 5、4……」
監督は3から先を声には出さず、指を折って数えた。
私は大きく息を吸い、正面のカメラを見据える。
「こんにちは! NOAHの御前結依でーす」
「どーもー! 玄武リカよ」
リカちゃんも間を空けずに繋いでくれた。
杏さんはソファーに座ったまま、おずおずとお辞儀する。
「明松屋杏です。みなさん、本日はご視聴どうもありがとうござ……」
「そういうのはいらないってば。……っと、あたしは朱鷺宮奏」
今日の生放送、実はMCの練習も兼ねてた。
聡子さんがカンニング用のスケッチブックを捲る。
『まずはラジオの宣伝ですよ』
そうだった、そうだった。
でも何の脈絡もなしに『ラジオが始まります』じゃ、素っ気ないから……。
私はリカちゃん越しに奏ちゃんへ話を振る。
「藤堂さんのラジオに呼ばれたの、奏ちゃんで最後だったよね。どうだった?」
「あぁ、先週の?」
奏ちゃんは少し仰向いて、瞳を上に転がした。
「ラジオなんて初めてだから、緊張しちゃったわ。でも、さすが藤堂さんはベテランね。あたしみたいな新人が相手でも、さり気なく間を持たせてくれるんだもの」
「わたしもとても話しやすかったわ」
NOAHのメンバーは順番にね、藤堂さんがパーソナリティを務めるラジオにお呼ばれして、お喋りしたの。一番手はもちろんリーダーの私。
「藤堂さんって俳優に、声優に、作曲まで……芸達者だよね」
私の視線に応えて、リカちゃんは小気味よく相槌を打つ。
「ゲームのボイス収録で一緒になったのが、最初だっけ? あん時は杏が、藤堂さんに会えるって、舞いあがっちゃってさあ」
「リ、リカっ? こんなところで……!」
「そんなことがあったの? あたしが加入する前の話よね、それ」
だんだん座談会らしいノリになってきた。
ついでに奏ちゃんの声優デビューも宣伝しておくことに。
「奏ちゃんは藤堂さんとアニメの映画で競演するんでしょ?」
カメラの脇で聡子さんが『よし!』とガッツポーズ。
「七月より公開予定よ。待ってるクル~」
「もうちょっと笑いなって、楓。台詞は可愛いのに」
その流れに杏さんがブレーキを掛けた。
「結依、わたしたちのラジオも宣伝しないと」
「あっ、そーでした!」
改めて私は正面のカメラを見詰め、にこやかに微笑む。
「ゴールデンウィーク明けからNOAHのラジオが始まるんだよ! ライブの情報やグッズの紹介、ほかにも色んな企画をやっちゃう予定!」
ここで拍手~。
「アタシの映画も宣伝しちゃっていいわけ?」
「そのためのラジオでしょーよ」
そうしてスタジオが充分に温まってきたところで、聡子さんがカンペを掲げた。
『ジャージの話題に移ってください』
私たちは目配せして、出だしはリカちゃんに任せる。
「ラジオのことはそれくらいにしてぇ、本題に入らない? ほーらっ」
リカちゃんはすっくと立ちあがり、橙色のジャージを広げた。
「これ! せっかく貰ったんだから、さあ」
ジャージは明るい色合いで、サイドに二本のラインが入ってる。
それを我が物顔で見せびらかすリカちゃんをよそに、杏さんは丁寧にお礼を述べた。
「こちらのジャージはスポーツメーカーのサラスバさんからいただきました。ありがとうございます」
「いいやつだよ、これ。結構するんじゃないかなあ」
さらに奏ちゃんが三枚、四枚と取り出して、テーブルへと乗せた。
「色も全種あるみたいよ」
カラーリングはリカちゃんが持ってる橙のほか、赤、青、緑、紫、ピンク。
「NOAHは四人だから、二着ほど余るのね」
「余ったやつはマネージャーに使ってもらえばいいんじゃない?」
私たちが色を選ぶ間、リアルタイムで投票も始まる。
「杏は紫でしょ? ブラの色に合わせてさあ~」
「ちょっと、リカ! 捏造しないで!」
リカちゃんの冗談ひとつで杏さんは真っ赤になった。その隙に奏ちゃんが青色のジャージを掠め取り、思案に耽る。
「無難なところでブルーかしら。ピンクのは目がちかちかするし……」
「結依が赤だと、なんかのヒーローっぽいかもねー」
「う~ん……わたしもピンクはないわ」
早くもピンクが脇にのけられてしまった。女の子の色なのに。
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