第78話
その日は日用雑貨の買い出しや、お部屋の模様替えで終わっちゃった。
今回パジャマは新調せず。その代わり、下着売り場でひと悶着あったんだけど……。
みんなの洗濯物がごちゃ混ぜになるってことは、ね? 私もその……以前は『彼女』がいたこともあって、色々と誤解されちゃってるみたいで。
お夕飯は聡子さんがてきぱきと作ってくれた。
「明日は結依さんと杏さんでお料理、リカさんと奏さんでお洗濯をお願いします」
大丈夫かなあ……? だけど『同じ釜の飯を食う』ためには、必要なこと。何でもかんでも聡子さんにおんぶに抱っこじゃ、みんなで寮にいる意味がないの。
「洗濯なんてやったことないわよ? あたし」
「えぇー? 奏に全部、任せようと思ってたのに~」
リカ&奏ペアは始める前から音を上げちゃう。
こっちの結依&杏ペアのほうが、まだ……やる気はある、かな?
「私、ご飯くらいなら焚けますよ」
「お味噌汁も欲しいわね」
香ばしい焼き魚を突っつきながら、私たちはテレビに注目した。
敏腕マネージャーの聡子さんが音頭を取る。
「それでは食事がてら、この間のコンサートの反省会をしましょうか」
朱鷺宮奏ちゃんを新メンバーとして迎えた、先週のやつね。新進気鋭のNOAHが早くも新メンバーを投入してきたことで、世間では話題になってる。
未来のオペラ歌手、松明屋杏。
天才子役、玄武リカ。
そしてギターから作曲までこなす才女、朱鷺宮奏。
……あれ? リーダーはなんていうんだっけ?
ライブのビデオでは私たちが『RISING・DANCE』を熱唱してた。さすがリカちゃん、ウインクでカメラアピールを忘れない。
私もセンターにいる分、カメラには優遇されてるかも。
「うんうん! 結依も上出来じゃない。ライブが二回目とは思えないわよ」
「ほんと? ステージの上だと、もう夢中で……」
その一方で、奏ちゃんと杏さんはずっと正面を向いてた。ダンスの振り付けによっては顔の向きも変わるけど、基本は一点集中。
そのことに杏さんは気付いた。
「……あ。また余所見してるわ、わたし」
「それです!」
聡子さんの眼鏡がきらっと光る。
「奏さんは練習時間も限られてましたから、無理もありませんが……おふたりとも、まだまだカメラを意識できてないんですよ」
奏ちゃんは首を傾げた。
「お客さんのほうは向いてるから、余所見じゃないでしょ?」
「いいえ。カメラが意識できてないということは、お客さんの視線も意識できてない、ということなんです。例えば……このシーン、結依さんの顔の動きはどうですか?」
映像の中の私、ダンスの合間に客席のほうを見渡してる。
こんなふうに動いたかなあ……?
同じくリカちゃんも手を振ったりして、ファンの声援に応えてた。
「リカさんの動きを見てもわかる通り、『空白』を作っちゃいけないんです」
「そーそー。一秒でもファンを退屈させちゃいけないの」
ここぞとばかりにリカちゃんが踏ん反り返る。
杏さんと奏ちゃんは戸惑いを含めた。
「確かに理屈としてはわかるんだけど……ねえ? 奏」
「カメラは高低差もあるから、余計にね」
舞台の上で歌って踊る――それだけじゃ足りないのが、難しいところ。
ステージの上では、お客さんとカメラの視線が三次元的に入り乱れてるの。その全部に応えないと、どこかで『余所見』や『無視』が生じるってこと。
端っこの席のファンだって、お金を払って、見に来てくれてるわけだし……。みんなで盛りあがれなくっちゃ、コンサートじゃないでしょ。
そのためにも、私たちにはカメラをマスターする必要があった。
聡子さんの狙いにピンと来る。
「だから、杏さんにはCMのお仕事なんですね」
「その通り! CM撮影を通じて、カメラを勉強して欲しいんです」
杏さんと奏ちゃんは納得気味に顔を見合わせた。
「なるほど……。私に足らない部分を、補うためのお仕事でもあるのね」
「じゃあ、こっちは声優業でボイスを勉強しろ、って?」
「あんたは音楽一辺倒だったから、パフォーマンス全般をやれってことでしょ?」
うんうん。いつまでもリカちゃんに頼りっ放しじゃいられないもん。
「こればっかりは、言葉で説明できるものではありませんから。小さなお仕事でもひとつずつ心血を注いで、学ぶべきところをしっかり学んでください」
「はいっ!」
聡子さんの言葉にみんなが力強く頷いた。
井上社長の指示かもしれないけど、聡子さんは単にNOAHのスケジューリングのためにいるんじゃない。私たちの力を最大限に伸ばそうと、真剣に考えてくれてる。
こっちも頑張らないとね。
「明日のリカさんの撮影、結依さんも見学しませんか?」
「あっ、したいです」
「それ、あたしもいいかしら? 撮影なんて、まだ何も知らないもの」
「それじゃあ、みんなで行きましょう!」
明日は私と奏ちゃんで、リカちゃんのお仕事を見学することに。
「ちょっと? わたしはほかの……」
杏さんだけ仲間外れにしちゃって、ごめん。
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