第79話
私と奏ちゃんは聡子さんの車に乗って、リカちゃんのお仕事へ。
リカちゃんってば私たちに内緒で、映画のオーディションを受けて、通っちゃったの。リカちゃんにとっては映画女優への第一歩、もちろん私も応援してる。
子役時代にたくさんドラマに出てたから、撮影のイロハは経験済み。現場のスタッフもリカちゃんの撮影分は労なく消化できてるんだって。
本日の撮影は美術館を借しきってのもの。
現場は慌ただしい雰囲気で、あちこちにコードの束が伸びてた。
「おふたりはこっちです。足を引っかけないように気をつけてくださいね」
聡子さんとともに私と奏ちゃんは見学の位置につく。
リカちゃんはメイクさんにお化粧してもらってた。映像技術は日進月歩するから、メイクさんのお仕事もどんどん難しくなっていくとか。
奏ちゃんが溜息をつく。
「何をやってるのか、まるでわからないわ……」
「う、うん……」
私もドラマの撮影を一度経験しただけだから、先輩風を吹かせる余裕なんてなかった。機材の名前もろくに出てこなかったりするし。
でもリカちゃんはスタッフの言葉にはきはきと答えてる。
その様子を眼鏡越しに眺めつつ、聡子さんが呟いた。
「美術館のシーンは今日一日で撮る予定ですから、みなさん、すごい集中力ですね」
「あぁ……そういうこと」
ドラマや映画の撮影は、必ずしもストーリーの順番通りってわけじゃないみたい。この映画にしたって、シーンごとに美術館まで出張ってたら、効率が悪いでしょ。
「映画の撮影は建築と同じなんですよ」
「え?」
急にそんなこと言われて、私と奏ちゃんは疑問符を浮かべた。
「例えば、住宅街の空き地に家を建てるとしましょう。それにはまず、どこから組み立てるとか、どのタイミングでどの方向から重機を入れるとか、決めておかなくちゃいけないんですよ。ほら、トラックがあったら、クレーンは現場入りできませんよね?」
「言われてみれば……」
住宅の建て方なんて考えたこともないなあ。パズルゲームみたいなのを想像する。
「作業用の足場も進行に応じて、組んだり分解したりするんです」
「それが撮影と似てる、って?」
聡子さんの言いたいこと、なんとなくわかった。
映画の撮影も建築と同じで、『順番』があるんだよ。衣装や小道具の製作も同時進行してるから、ちゃんと計画を立てておかないと、『衣装がない!』なんてことも起こりうる。
そういった細やかなスケジュールの中で、撮影は進められるの。
「じゃあ風邪をひいたりしたら、大変ですね」
「その通り! 役者にひとり穴が空くだけで、全体のスケジュールに支障をきたすのは、こういうことなんです」
体調管理にはなおのこと気を配らないとね。
「そろそろ本番、行きまーす!」
やがて撮影が始まった。
カメラの向こうではリカちゃんを含め、役者さんたちが熱演してる。
「カーット! いい演技だったよ、リカちゃん」
「エヘヘッ。ありがとうございまぁーす」
本当に実力があるからこそ、リカちゃんには居場所があった。隅っこで見学するしかない私は、奏ちゃんと一緒に頭を垂れる。
「はあ……。勢い任せにNOAHに入っちゃったけど、自信がなくなりそうだわ」
「私も卑屈にならないって、決めてるんだけど……ね」
やっぱり私とリカちゃんの間には決定的なキャリアの差があった。その現実は認めなくっちゃいけないと思う。
「次はもっとすごいものが見れますよ。ふふっ」
聡子さんにそう予告され、私と奏ちゃんは顔をあげた。
カメラの前ではリカちゃんに代わって、ひとりの女優が悠々と佇む。
「あ、あのひとって……!」
どうして今まで気づかなかったんだろ?
悪徳女社長、怜悧な女医、マフィアの女幹部――などなど、『悪女』を演じさせたら業界でナンバーワン。かの鳳蓮華(おおとりれんげ)が、この映画に出演してるの。
確か玲美子さんよりひとつ年上、だったかな。
撮影が始まるや、切れ長の双眸で相方をねめつける。
「報告はそれだけ?」
その冷ややかな視線ひとつで、ぞっとしちゃった。
「は、はい。なにぶん、情報が錯綜しておりまして……」
「錯綜ね……。じゃあ、あなたは真偽もわからないことを、この私に伝えたと?」
言葉の節々から攻撃的な気迫が伝わってくる。
これは殺気……? 鳳蓮華は髪をかきあげ、部下の言い分を一笑に付す。
「結果を出しなさい。次はないわよ」
「……ハッ!」
彼女がいるだけで、空気が変わってしまっていた。カメラが彼女を撮ってるんじゃないの。鳳蓮華がカメラに『撮ることを許してる』――それほどの威圧感。
「オーケー、オーケー! さすが鳳さんだ」
監督の一声で、私は我に返る。
鳳蓮華の迫力には、隣の奏ちゃんも圧倒されちゃってた。
「名前しか知らなかったけど……ほかの役者とは空気が全然、違うわね」
「うん。ドラマで見たのと同じ、本物っていうか……」
上手く言葉にできないまま、息を飲む。
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