チャプター2 爺さんスマホを買いに行く

ワシは杖をつきながらゆっくりと歩いておった。時速は、そうじゃなぁー時速100メートルといった所かのぉー。かなりのスローペースじゃが年も年だし仕方ないのぉー。


 エンヤコラ、ドッコイショといった感じに歩道を歩いて行く。しかしあれじゃなぁーアスファルトっちゅうもんは爺さんの足にはかなりの負担じゃ。

 やはり土の上でないとアスファルトを踏みしめる衝撃が腰にくるわい。


 ワシは孫の翔太の為にスマホを買いに行く……買いに行かされる?そんな爺さんじゃ、間もなく歩道じゃ。

 あの歩道の先に見えるのがゾプトハンクショップじゃ。

 しかし、ワシの目の前を乗用車が物凄いスピードで通過しようと迫ってきておる。


 ――はたしてワシ、この歩道を無事通れるんじゃろうか……。


                 ☆☆☆


 私はペーパードライバーな主婦よ。運転するのは久しぶり、かな。何日ぶりぐらいかって?ウフフ、そうねぇー1、2年ぶりぐらいかな、みたいな。勿論免許のお色はゴールド☆そりゃ普段運転しないのにゴールド免許じゃなかったら怖いわよね。

 今日は久しぶりに運転していまーすっ、ノリノリでね。CDは何にしよっかな、サザ〇さんのお魚くわえた系の曲でも流しちゃおっかなー。

 えーとCDは何処にあったっけ?片手運転で収納スペースを探してまーすっ。あっ、ガム発見!って違うか。ガムじゃないガムじゃない、欲しいのはCD。


 そんな運転で大丈夫かって?全然OK!だって私はペーパードライバー、ガンガン飛ばしまーす。そう言えば昨日何食べたかしら……。イクラ?シャケ?マグロ?魚を食べたのは覚えているんだけど思い出せないわー。

 もうどうしよう。やっだーん、老化現象かしら。


 いい感じにアクセルに足を乗せている矢先、横断歩道に差しかかった。横断歩道をやけにもったりとした動きの爺さんが横切ろうとしているのが目に入る。

 でも、爺さんゆっくりだし私のが先に通過出来そう、全然余裕っしょ。私が先に行きまーすっ、爺さんごめんね先行っちゃうねとペロっと舌を出した矢先、爺さんが何かに躓いたらしく、よろけながら物凄い勢いで交差点に進入してきた。


 ――え、え!ちょ、ちょ待っ!嘘でしょう!? 


 慌てて急ブレーキをかけたけれど、間に合わなかった。ドスンッという音がして、じいさんの身体にバンパーが衝突した生々しい感覚がハンドルに伝わってくる。

 私は恐怖のあまりしばらく目を開けられなかった。

 私は目を瞑ったままごめんなさい、ごめんなさい、と親に怒られ怯える子供のように謝罪を繰り返した。


 しばらくして目を開ける決心がつき、目を開けると爺さんの姿はどこにもなかった。目を開けて始めに視界に入ったのは横断歩道を渡っていいのか不思議そうにしてる少女の眼差しだった。

 私は神隠しにでもあったかのようにしばらく放心状態になりその場から動けなかった。



                   ★★★


 目を開けると背中がヒンヤリとしておった。ワシは石で出来た何かに乗せられているようじゃった。

 

 ――はて、ワシは一体……。


 辺りは白い煙のようなものに包まれている。

 神聖なオーラを感じるのう。ここは、もしや天国……。

 

 ワシは思考を巡らせた。確か翔太にスマホを買いに行かされたんじゃった。道中物凄いスピードで車が迫る交差点に差し掛かったはずじゃ。ワシは無事にこの交差点を渡れるのか不安がオルゴールを奏でそうな勢いじゃったが渡ろうとしたはずじゃ。

 

 いや、思い出したぞ。ワシは危険極まりない交差点に足を踏み入れた。そこでじゃ、道路工事をサボッておったのか歩道に割れ目があったんじゃ、そこに足を取られワシはバランスを崩して交差点に倒れこむように進入した。

 その時、物凄いスピードで車が突っ込んできてワシは空中を一回転した、ような気がするんじゃがその後の記憶がないのぉー。という事はそこでワシは息絶えたという事か。


 まぁ、悔いはない。悔いと言えば、孫にスマホを買えなかった事ぐらいじゃが、それも今となってはどうでもいい事でもあるのぅ。

 その時じゃった。辺りを漂う白い煙の隙間から光が差し込む。


 ――後光かのぅ。お迎えがきたんじゃなぁー。ありがたや、ありがたや。


 両手を合わせこすり合わせる。ありがたや、ありがたや。

 その時じゃった、バサッ、バサッと鳥の羽音がしたかと思うとワシの目の前に見た事もない不思議な男が現れたのじゃった。


「ミカエル様ー、何やら人間らしきものが転生してきた模様です」

 

 年の頃はハタチ前後位じゃろうか。やる気のなさそうな瞳には爺さんなんてどうでもいいと書いてあるようじゃった。

 顔は人間そのものじゃったが、その背中に生えている白い羽から人間ではない事は理解できおった。

 良く見ると頭上に光で出来た輪っかのようなものが光輝いておる。


 ――天使様という事か。ここはやはり天国なんじゃな。


「サルエル、人間らしきものじゃなくて、#人間__・__#ですよ」

 

 今度は長髪の天使が舞い降りおった。ロマンスグレーの長髪に潤んだブルーアイ、男なのか女なのかが掴みどころのない顔じゃが間違いなく美形じゃ。

 ミカエルと呼ばれた天使は余裕を含ませた声で「う~ん、年の頃は90前後って感じかな~」と呟いておる。

 

「あ、そっすか、やっぱ人間っすか」

 

 サルエルと呼ばれたやる気のなさそうな天使が気だるそうに答えおった。



「はぁーい、それでは私から自己紹介させて頂きます。私がこの天界で一番偉い大天使のミカエルでーす。そしてこの子がさっちゃんこと、サルエルくんで~す」


「ども」


 サルエルと呼ばれた天使がペコっと頭を下げる。漫才でも見ているかのようじゃった。やはり天使様じゃったのだなという驚きと共に、まさか天界でさっちゃんなんていう愛称を聞く事になるとは不思議な心地じゃ。


 

「で、ご存知の通りあなたは死んでま~す」



 こんな軽く言われるとショックじゃなー。頭では解っておったがやはりワシは死んでおったんじゃな。ミカエルという天使はそんなワシの反応を楽しむかのように矢継ぎ早に続けおった。



「で、で、あなたはこの世界に転生してきた事になるんです。でもあなたは死んでるんです。でもあなたの身体は無傷な状態なんです、でも死んでるんです」



「はわわっ、あんまり死んでる死んでる、言わんでくれないかのぉー」


 

 ワシはショックのあまり声に出して言った。



「あははっ、すみません私正直者ですから。事実をありのままに伝えたつもりだったんですけど、いきなりだとびっくりしますよねー、はははっ」


 ミカエルは腹を抱え笑い、続けおった。


「で、どこから話せばいいのかな。つまり死んでるんですけど本当の意味で死んではいないんです。この世界では生きているという事になります。今あなたが寝そべっているのは転生のベッドと言って、この世ならざる者が異界から転生されてくる時の受け皿みたいなものになります」

   

 ワシは自分が寝そべっている冷たい石に手を触れる。これは、そんな凄いものじゃったのか。


「人は死ぬ事によって肉体から魂が抜け出します、魂が抜けだす前の肉体は本来自分のものではなく仮の姿なのです。肉体から抜け出た魂こそが自分の本体なのです。あなたの現在の姿は私には人の姿に見えますがご自身で確認してみて頂けますか」


 ミカエルから手鏡を手渡される。ワシはよろよろと起き上がり鏡をのぞき込む、そこには死ぬ前となんら変わりない爺さんの顔をしたワシが映っていた。腕や足も見てみたが細くてシミだらけの自前のワシの腕と足じゃった。


「何も変わっとらんようじゃのぉ」


 なるほど、とミカエルが相槌を打ち


「という事はナルシストという事です」


 ナ、ナルシストじゃと!? この爺さんなワシが自分の顔に惚れ惚れしていたという事か、愕然じゃ。そんなワシ嫌じゃ。

 ワシの困惑した様子を悟ったのかミカエルが


「あ、まぁ、悪い意味でのナルシストじゃないんですよ。良い意味でのナルシストなんです。つまりあなたの魂はあなたのその体と顔をとても気に入っていた。だから転生先でもその肉体と顔を選んだのです。転生する際に魂は新たな肉体を想像します。ビックリするような可愛い女の子に生まれ変わる事もあれば、猛々しい動物になって生まれ変わる事もあれば、この世のものとは思えない恐ろしい形相をした魔物として生まれ変わる事もある、それは全て魂が決める事なんです。自由に想像し転生する事は出来ません」


 ちなみに、とミカエルは含みを持たせる言い方で続けた。


「前回の転生者はワイン樽でした。何故ワイン樽なのかは意味不ですけどね」


 クックックッと笑いをこらえ、続ける。

 

「そんな訳であなたは爺さんとして、爺さんのままでこの世界に転生したという事になります。これが何を意味するか解りますか」


 しばらく考えたが、何を意味するかワシには皆目見当がつかんかった。

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