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@smile_cheese
第1話:意地なんか張ってちゃ
人は誰しも、自らの選択次第で主人公になれる。
遠藤さくらは行き先の分からないバスに揺られながら、降車ボタンを押すタイミングを伺っていた。
高校3年生のさくらは進路のことで母親と口論になり、その場から逃れたい一心で家を飛び出した。
親に反抗したのは生まれて初めてだった。
自分でもどうしていいか分からず、後にも引けなくなったさくらは、ちょうど目の前に停まったバスに飛び乗った。
なんだかドラマの主人公みたいだなと少しワクワクしている自分がいることに気がついたさくらは、不意にため息をついたり、空を見上げたりしては自分なりの主人公を演じてみることにした。
スマホには母親からの着信やLINEのメッセージが何十件も届いている。
さくらは「一人になりたい」とだけ、メッセージを返してスマホの電源をオフにした。
意地なんか張っても仕方がないことくらい分かっている。
けれど、初めての親との喧嘩に戸惑ってしまい素直になれずにいたのだ。
それと、もう少しだけ主人公を演じることを続けたいという気持ちもあった。
親との喧嘩も、家を飛び出したことも、行き先の分からないバスに乗ったことも。
全て自分で選んで決めたことだから、引き際だって自分で決める。
人は誰しも、自らの選択次第で主人公になれる。
遠藤さくらは自らの選択で、家出少女という主人公になったのだ。
と、遠藤さくらは思っている。
実際は全ての選択肢があらかじめ用意されていたものだということも知らずに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
賀喜遥香は腕を組みながらモニターに映し出された少女を見つめていた。
バスに揺られながら空を見上げる少女の名前は『遠藤さくら』。
さくらは自らの意思で行き先の分からないバスに乗ったと思い込んでいるが、実際はそうではない。
親と喧嘩することも、家を飛び出してバスに乗り込むこともあらかじめ決められていたことだった。
さくらがどのバス停で降りるのか、その後にどこへ向かうのか、全ては遥香たちによって決められているのだ。
遥香はニヤリと不適な笑みを浮かべると、右手を掲げ指をパチンと鳴らした。
すると、遥香の背後から三人の黒子が現れた。
この黒子たちこそ、さくらのような普通の人間たちに人生の選択肢を用意している存在である。
頭巾を被って顔を隠している間、人間はその姿を決して認識することができないため、黒子という存在を知る者は黒子以外にはいない。
姿形は人間と変わらないが、そういった意味では幽霊や妖精といった部類に近いのかもしれない。
そして、遥香はこの黒子たちを束ねる組織のボスだったのだ。
掛橋「ボス、いかがいたしましたか?」
賀喜「遠藤さくらがバスから降りた後のことを君に任せてもいいかな?」
遥香は振り返りもせず、淡々と任務を伝える。
掛橋「お任せください。直ちに向かいます」
賀喜「よろしく頼んだよ」
田村「・・・」
掛橋「何か?」
田村「いや、別に・・・」
掛橋「・・・」
筒井「・・・」
賀喜「どうかした?」
掛橋「いえ、なんでもありません。行って参ります」
賀喜「二人もそろそろ持ち場に向かってくれるかな?」
田村「かしこまりました」
筒井「・・・はい」
掛橋、田村、筒井の三人は黒子でありながら、遥香の幼なじみでもあった。
子供の頃は四人で仲良く遊んでいたが、遥香が黒子のボスに任命されてからは任務以外での会話はほぼなくなり、誰も遥香のことを名前では呼ばなくなっていった。
しかし、それも黒子として生きていくには仕方がないことだと、遥香も他の三人も割り切っていた。
賀喜「あっ(そうか、今日は・・・)」
遥香が振り返ると、三人は既に部屋を出た後だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
遠藤さくらは三つ先のバス停で降りようと考えていた。
もちろん、それも遥香たちのシナリオであり、その通りに事が運ぶはずだった。
次のバス停に到着したとき、一人の少女がバスに乗車してきた。
全身黒づくめの衣装を身に纏っており、明らかに異様な空気を醸し出していた。
少女はさくらのことをじっと見つめながらゆっくりと近づいた。
掛橋「遠藤さくら。初めまして・・・でもないか」
遠藤「え?あの、どちら様ですか?」
掛橋「説明は後よ。今すぐバスから降りて」
遠藤「どういうこと?」
突然のことに、さくらは身構えた。
掛橋「いいから!じゃないと、あなた、親の決めた進路を歩むことになるわよ。喧嘩してるんでしょ?」
遠藤「どうしてそのことを・・・」
掛橋「私たちは何でも知ってるの。さあ!降りるのよ」
遠藤「ちょ、ちょっと!」
掛橋はさくらの手を引っ張ると半ば強引にバスから下車させた。
その様子をモニターで監視していた遥香はひどく動揺していた。
賀喜「こんなのシナリオになかった。一体どういうこと?」
つづく。
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