正義の陥穽

地底人ジョー

ShowTime


 無為な時間だけが過ぎていく。

 ドロドロとした赤い夕焼けが頭を下げ、教室を覗く。

 だが太陽も思わなかっただろう。

 シン、と静まりかえったこの教室に、三人もの生徒がいようとは。

 俺は沸き立ちそうな血を抑え、窓から残りの二人に目を移した。

 埃で薄汚れた床に手をつき泣いている愛加。その隣で愛加を庇うように立ち、俺を睨み付けている大治。

 まるでよくできた舞台の一幕だ。あまりにも絵になっているその様に、俺は思わず失笑した。

「おい、何がおかしいんだ、信也。お前、自分が何をしたのか、分かっているのか?」

 声を震わせる大治。

「お前、取り返しの付かないことをしたんだぞ。分かってるのか!?」

 あぁ、あぁ大治よ。

 お前こそ、自分が何を言っているか分かっているのか? お前が何のために怒っているのか、少しでも頭を使って考えたことはあるのか?

 愛加のすすり泣きが大きくなる。まるで電波の届かないフリをする通話だ。聞き取れないことが分かっていて、一方的に自分の都合を押しつけてくる。

 俺は大治の目を見返した。

「大治、お前はいいよな。お前はそこに立っている限り、自分の正しさを信じられるからな」

「……俺が正しいと思うんだったら、愛加に謝れよ。お前はそれだけのことをしたんだ」

 微かに顔を強ばらせる大治。その逡巡は、この静かな教室ではあまりに目立ちすぎた。

「なぁ大治。正しいってのは誰が保障してくれるんだ? お前の正しさ、誰が担保してくれるんだ?」

「そんなの――聞くまでもないだろ。誰が聞いたってこれは俺が正しいさ。お前が間違っている」

「そう、そうだな。お前がそこに立ち続ける限り、お前の周りの『誰』は変わらない。お前から見た俺は悪だ。間違っている」

 水面で慌てて息継ぎをするように、大治が食らいついてくる。

「何を言ってるんだ。おい、言葉遊びで言い逃れしているつもりか?」

 俺は小さな笑いを一つ吐き出すと、制服のポケットからスマホを取り出し、大治の視線へかざして見せる。

 見覚えがあるだろう携帯――愛加の携帯を目にし、大治は目を僅かに見開いた。

 スマホからお目当てのデータを探す。触れた皮膚にはしる、毛虫に触れたかのような怖気が拭えない。

 だが、もう少しだ。

「大治、これは選択だ。お前がそこに立ち続けて、お前の言う『誰』とやらのための正義を信じ、何も知らずぬくぬくと過ごすか」

「俺は――!」

「あるいは」

 大治を遮り、お目当ての動画データを再生した。

 質の悪いスピーカーががなり立てる、愛加のバカ騒ぎする声。

 大治の立つ場所からでは、内容など大して分からないはずだ。

 だが、この動画に漂う「歪み」は感じ取れたのだろう、大治の顔が目に見えて崩れ始める。

 俺は動画を止めた。

 大治と目を合わせる。

 その表情に、さっきまでの薄っぺらい正義感は無い。

 薄皮を破るように、不安、驚き、そして猜疑心が這い出ていた。

 その眼前に、愛加のスマホを突き出す。

 おびえを滲ませ、微かに息を呑む大治。


 ――舞台は今、整った。

 はやる気持ちを抑え、俺は大治に問う。

「さぁ、選べよ。――どうする?」

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