第二十話 黄金魔蝸を追って

 骸人ワイトから奪った《オド感知・底》を使い、黄金魔蝸ゴルド・マイマイらしきオドの塊を追っていた俺だったが……思う様に上手くはいかなかった。


 所詮下位アンデッドの骸人ワイトが持っていたものだったので、あまり精度はよくないらしかった。

 すぐ近くにあるものならば目を瞑っていてもぼんやりとわかるのだが、壁を跨いでいたり、距離が開いていたりすると、どうにも対象の位置がぼやけてしまう。


「……悪い、また奴のオドが見えなくなった。ちょっと集中させてくれ」


 俺はマニへと言う。


「ああ、わかったよ」


『……もう諦めたらよいのではないか? さっきから同じところを巡っておるだけではないか。その特性に、離れた魔獣を的確にマークできるような力はないのだ』


 マニは同意してくれたのだが、ベルゼビュートが不平を漏らし始めた。


「うぐ……」


 ベルゼビュートの言っていることにも一理ある。

 俺も薄々、《オド感知・底》が複雑に入り組んだ魔迷宮内で特定の相手を追いかけ続けられるような代物ではないことは薄々と気付いていた。


 ただ、ここまで時間を掛けてしまったのだから、何らかの形で成果が欲しいと、どうしても考えてしまうのだ。

 すぐ意地になるのは俺の悪い癖だ。


「と……また、魔獣が三体くらい近付いて来る。多分、小鬼ゴブリンだ。少し距離を取っておこう」


 小鬼ゴブリンは、背が低く、緑の肌を持つ醜悪な魔獣である。

E級魔獣であり、通常は【Lv:11】前後である場合が多い。

 変わった力はないが、繁殖力が高く、妙に群れたがるのが危険なところである。


単体なら相手をしてやりたいところだが、三体もいれば囲まれればこちらが打撃を受けることは避けがたい。

後方にいるマニを狙われた際のカバーも難しいので、ここはやり過ごさせてもらう。


小鬼ゴブリン達は《オド感知・底》の様な感知のできる特性や闘術は有しておらず、ばかりかむしろ五感が鈍いくらいだ。

先に相手の接近を知る事さえできるのならば、下手を踏まなければ回避することは難しくない。

 小鬼ゴブリンは足もあまり速くないのでマニでも逃げ切れるはずだが、逃げている間に他の魔獣と挟み撃ちにされるのは最悪だ。

 余裕を以て回避しておきたい。


 マニに頼んでマナランプの明かりを弱めてもらい、しばらく小鬼ゴブリンとは反対側に移動する。

 やがて小鬼ゴブリン達は俺達のルートから逸れて行った。


「……回避できたみたいだ」


小鬼ゴブリン三体は、俺の目標の一つであるレベルアップという点から見ても、あまり美味しい相手ではない。

レベル下を複数体狩るよりも、可能ならば同レベル帯の魔獣を狩った方が遥かにレベルアップの効率はいいのだ。


目安として、自身と同じレベルの魔獣を倒してそのオドを得ることができれば、確実に一つはレベルが上がるとされている。

……無論、そんな無茶な戦いを続けていればいつかは自身が敗死することになるため、よほど腕と魔導器に自信があり、勇気のある者以外取れる手段ではない。

そのため自身よりレベルで大きく劣る魔獣をターゲットとし、とにかく数を狩り続けることが定石となっている。


だが、《魔喰剣ベルゼラ》を持つ俺は、もうしばらくはレベル上を狙って動いてもいいはずだ。

《暴食の刃》さえあれば一撃入れることができれば敵の厄介な闘術を奪うことができる上に、多用はできないが一撃必殺の《プチデモルディ》だってある。


「《オド感知・底》で遭遇したくない魔獣をやり過ごせるのはありがたいところだな……。思わぬ魔獣と遭遇する事故を未然に防ぐことができる上に、余計な消耗も抑えられる」


《サーチ》という周囲の魔獣の位置を探る魔法はある。

 しかし、《サーチ》は異掟魔法ルールという、適合できる魔導器も使い手も希少な魔法分類となっており、優先的に軍へと引き抜かれるため、《サーチ》を扱える冒険者はほとんどいない。


 《オド感知・底》は、劣化版の《プチサーチ》ともいうべき特性だ。

 いや、《オド感知・底》は魔法ではなく特性であるため、オドの疲労も魔法と比べれば格段と低いはずだ。


 仮に今の俺が索敵のでき、最低限戦うことのできる運び屋として動けば、名の知れた狩り仲間パーティーから引く手数多かもしれない……と、考えてしまうのは、元運び屋の俺の悪い癖だろう。


 とにかく、そのくらい《オド感知・底》一つには価値があるということだ。

 ……こんな利便性の高い技能を簡単に収集できる《暴食の刃》を振るっていれば、一体俺はこの先どうなってしまうのだろうか。

 期待と不安があった。


『別に小鬼ゴブリン程度、妾が三体纏めて吹き飛ばしてやってもよかったのだがな。小鬼ゴブリンのチンケな闘骨でも、貴様らにとっては大事な生活の糧なのであろう?』


 ……俺が《オド感知・底》の有用性を噛みしめていたところ、ベルゼビュートが横から水を差してきた。


「ダ、ダメだ。《プチデモルディ》はまだ、俺の魔力じゃあそう長くは使えない。予想外の難事に巻き込まれたときのために、できれば取っておきたい。保険はかけておきたいんだ。仮に使うときは、これ以上もう探索しないと決め、かつ外へ出るルートが安定しているときだ」


『むぅ……』


 俺だって、いざという場面では命を張る覚悟はあるつもりだ。

 だが、それはここではないと思う。

 魔迷宮に潜る度に命を張っていれば、いずれ命を落とすことになる。


「……黄金魔蝸ゴルド・マイマイも、そろそろ諦めるべきかもしれないな。ベルゼビュートの言っていた通り、《オド感知・底》では見つけ出すことは厳しそうだ。高望みして、余計なミスを犯すより、堅実にお金に繋がる方法を優先すべきかもしれない」


 俺の狙う最善のターゲットは、俺と同等のレベルを持ち、単体で行動している人間アンデッド以外の魔獣である。

 ……ここまで条件のいい魔獣と遭遇できるかどうかはわからないので、闘骨が安くなるのを覚悟した上で骸人ワイトを狩る、といったくらいの妥協はするかもしれないが。


「じゃあちょっと、集中させてく……」


 俺が目を瞑ろうとしたとき、何かのオドの塊が急接近してくるのを感じた。


「え……?」


 俺が慌てて目を開けると、曲がり角から、黄金の輝きを放つ魔蝸マイマイが現れた。

 間違いなく黄金魔蝸ゴルド・マイマイである。


 俺が諦めた瞬間に姿を見せて来やがった。

 希少なものこそ捜しているときには見つからないというのはよく聞く話だ。

 冒険者諺でも『音魔ムルムルの歌声は帰路に聞こえる』とは言われていることだが、まさか自分がそんな目に遭うとは思わなかった。

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