暴食妃の剣
猫子
第一章 暴食の魔導剣
第一話 運び屋ディーン
冒険者と一口に言っても様々な役割がある。
大きな区分として、魔獣と白兵戦を行う前衛に、後方より魔法や弓矢で攻撃する後衛が存在する。
もっと細かく分けて行けば、冒険者の怪我を癒す白魔導士に、罠の解除や偵察を担う斥候、陽動や囮を担う盾役、果てには明かりを灯したり瘴気を祓ったりする環境士と、とにかく区分していったらキリがない。
これらの多くは専門の知識と技術と才能、そして専門の魔導器が必要になる。
魔導器というのは、魔法発動の媒体となる魔道具のことだ。
魔導器にも得意の魔法分野、不得意の魔法分野がある上に、高位の魔法を十全に発動するためには、相応の魔導器でなくてはならない。
多くの場合は武器を兼ねており、刃を備えた魔導剣が最も主流である。
魔導器やその素材は非常に高価である。
貧乏人は命を張って大金を目指す冒険者になるしかないのだが、高価な魔導器がなければまともに冒険者として活動できないという大きな矛盾を備えていた。
才能とそれに見合った魔導器がなければ、特別な役割を持つことはできない。
俺の持つ魔導剣は《貧者の刃ポポ》であった。
ランクはぶっちぎりの最下位を冠する[F]であり、まともに戦闘で役立つ魔法はほとんど扱えず、肝心な身体能力の補助に至っては皆無といっていい。
これでも俺が幼少から必死に雑務を熟した金銭で材料を買い漁り、幼馴染である鍛冶師のマニに打ってもらったものである。
そんな俺に与えられた役割は、当然ながら誰でも熟せる様なものとなる。
「お~い、ディーン君。もうちょっと、早く歩いてもらえないかね? いや、それじゃあダメなのかな? 走ってもらえないかな?」
俺を君付けで呼ぶのは、気取った羽帽子に派手なマントの男、ギルバードである。
このパーティーのリーダーでもある。
「おいおい酷だろ、ディーンの魔導剣は身体能力面の向上がほぼ皆無だからな。確か、ゴブリンの骨を使っているんだったか? よくやるもんだ」
もう一人の筋肉デカ男はモーガンである。
俺は今、ギルバードとモーガンに臨時冒険者として雇われ、都市近くにある危険度D級の魔迷宮、《戦鼠の巣穴》へと訪れていた。
「あははは……いや、荷物が重くて……」
俺は愛想笑いで二人へと返す。
どれだけ腹が立っても、ぶっ殺してやりたくなっても、今は堪えなければならない。
俺に出来る仕返しは、さりげなく魔導剣のせいではないことをアピールすることだけだ。
「何言ってるんだお前、そのゴブリンの骨のせいだろ」
必死の反攻をモーガンにあっさりと拾われ、二人の哄笑が洞窟内に響いた。
俺は顔を赤くしながら、担いだ荷物の重みに耐えつつ、いそいそと彼らの後を追う。
「頼むぞ、運び屋君。そのボロっちい魔導剣では仕方ないが、しっかりとしたまえ」
「…………」
そう、俺の役割は運び屋である。
数ある役割の中でも最低のクラスといっていい。
食糧やランプ、魔迷宮内に転がる価値のあるもの、予備の武器を運搬する役割を持っている。
通常、運び屋は鉱石を採掘する技能に長けた採掘士や、魔獣や悪魔から価値のある部位を剥ぐ解体士など、直接戦闘を行わない他の役割と兼ねている場合が多い。
しかし、俺には何もない。
真似事のようなことでもできればまだマシだったのだが、残念ながら俺の《貧者の刃ポポ》さんは全く冒険者を助ける魔法が使えなかった。
眩い火の球を浮かべて周囲を灯す《トーチ》の魔法を扱うことができるが、持ち歩き用のマナランプを使うのと大差ない。
このマナランプというのは、火炎石のエネルギーを基に《トーチ》とほぼ同等の効果を発揮する魔道具である。
火炎石はそれなりに値が張るし、マナランプも高価である上に壊れやすい。
しかし俺には《トーチ》を維持できるだけの魔力はないのでマナランプを使っている。
これが現実である。
ギルバードも当然マナランプを持ってはいるのだが、自分の魔道具を俺に貸してくれるようなことはしない。
勝手に消耗させられたり、破損させられたりするのが嫌なのだろう。
だから俺は自分の生活費を切り詰めてもマナランプと火炎石を用意しておかなければならない。
壊れでもすれば死活問題である。
要するに俺は、運び屋の中でも最低ランクの運び屋なのだ。
臨時の戦闘係も熟すことができない。
俺が固定ではなく雇われの冒険者なのも、いくらでも代えが利く最低ランクの運び屋であるからだ。
他の利点を持つ多少マシな運び屋がいれば、そちらが優先される。
俺は最底辺の予備なのだ。
ギルバードは俺をよく雇ってくれるが、扱いは悪いし、金払いも悪い。
怪我を負ったり、僧侶(魔迷宮に潜ったが成果がほとんどなかったことを指す。由来は魔獣を殺めなかったことから)だったりで機嫌が悪ければ、報酬を踏み倒されることもある。
残念ながら、それでもギルバードは仕事をくれるという意味ではありがたい。
無論、足元を見て安値で扱き使うのが目的だとしても、だ。
一応《イム》という、《
神話時代に《智神イム》が自身の庇護下にある者のために作った魔法であるとされており、今では全人類がそれにあやかることができる。
更には《智神イム》は神話時代の戦争で死んだものの、意識の断片を《
神話のどこまでが本当の話なのかは知らないが、《イム》は魔力さえあれば万能鑑定ツールになるということに間違いはない。
別に《イム》は俺だけが扱えるわけではないし、俺は魔力が低いために高位の魔獣や魔導器に対しては、俺の《イム》では調べることはできない。
深く《
しばらく俺はギルバードとモーガンの後を、よろめきながら付いて歩いていた。
「……《イム》」
俺は小声で唱え、《貧者の刃ポポ》を掲げる。
魔導剣の柄の根元に埋め込まれた水晶が輝き、俺の脳裏を文字列が過ぎった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
《ディーン・ディズマ》
種族:《
状態:《通常》
Lv:8
VIT(頑丈):16+5
ATK(攻撃):17+3
MAG(魔力):17+1
AGI(俊敏):12+2
魔導器:
《貧者の刃ポポ[F]》
称号:
《駆け出し運び屋[E]》《火の素養[F]》
特性:
《智神の加護[--]》
魔法:
《イム[--]》《トーチ[F]》
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
……これが智神様のくださった、俺へのありがたい評価である。
この【Lv】というのはレベル、即ちオド水準を示すらしい。
オドとは魂の力である。
万物を生み出した根源的な力ともいわれており、神話時代においては神々が《セフィロトの樹》よりオドを取り出して悪魔や動物を作り出したとされている。
また、オドを持つ者はオドを持つ生命を殺めることでそのオドの一部を奪い、自身のオドを強めることができる。
その度合いがオド水準であり、レベルなのだ。
十七歳の戦いを生業とする冒険者として、この【Lv:8】という奴は最低クラスである。
俺も低位の魔獣を必死に狩って修行を積んできたのだが、この有様である。
因みにギルバードは【Lv:18】、モーガンは【Lv:15】もある。
魔導剣の質も俺とは全く異なるため、二人とも俺が百回挑んでも一度も勝てないくらいには力量差がある。
目安として、まともな冒険者としてやっていくためには【Lv:12】は必要だとされていた。
今のペースでは、その頃には二十歳を超えているだろう。
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