第74話 元勇者 エミールの姿に愕然とする

「今よ、セフィラ!」


「はい!」


 待ってましたと言わんばかりにカローヴァの左側に移動していたルシフェル、対角線にいるセフィラに向かって叫ぶ。


 2人はここで勝負を決めるといわんばかりに飛び上がった。

 右からはルシフェルが、左からはセフィラが一気に切りかかる。



 2人は全力を込めてカローヴァの体を切り刻む。

 空中でよけようがないため、その攻撃が直撃。大ダメージを受けながら地面に落下。


「ローザ、とどめよ!」


 そしてローザとルシフェルは、勝負を決めるためとどめの一撃を繰り出そうとする。



 虹色に輝く閃光よ、怒りの逆鱗巻き上げ、革命の力今降臨せよ!!


<闇、電気、水、氷、炎、大地、風属性 レインボー・オーバー・エアレイド!!>



 輝きの閃光よ、裁きの力となりて、強大な となれ


<エターナル・シャイニング!>



 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!


 2人の渾身の術式がカローヴァに直撃


 周囲が粉塵で見えなくなる。そして、数十秒もすると粉塵は消えていき、カローヴァの姿が見えるようになっていく。


「モ、モ、モ、ンモ~~」


 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──。



 そこには、ぐったりと倒れこんだカローヴァから魔力が消えていく姿。これで勝負は決まった。


「やった……。私たち、勝った──です」


 ローザに笑みがこぼれ始める。するとそこにセフィラとルシフェルがやってくる。

 ルシフェルは大技を使い、斬撃でも魔力を消費、さすがに疲れが見えている。


「ローザ、セフィラ、ありがとう」


 ルシフェルは喜びのあまり、ローザ、セフィラとハイタッチ。


「そ、そんなことないです。2人のおかげです」


「そ、そうですよ。特にルシフェルさん。近距離攻撃に、必殺技まで、体とか、大丈夫ですか?」


「まあ、ちょっとふらふらするけど、大丈夫よ……」


 勝利の余韻に浸っている3人は再びカローヴァに視線を移す。すると、倒れていたカローヴァは座り込み始めた。そして……。


「モ~~、モ~~、モォォォォォォォォォォォン!!!!」


 なんと牛は延々と泣き始めたのだ。額に右手を当てながらルシフェルがささやく。


「この子の特徴なの。一度負けると、大声で泣き続ける習性があるの。」


 ルシフェルのため息。理由は簡単。とにかく声が大きくうるさい。ほかの冒険者たちも、あまりの轟音に耳をふさいでいるのがわかる。


 鳴き声がこのあたり一帯に響き渡り、セフィラとローザは思わず耳を塞いでしまう。


 そして周囲をじたばたしていると、彼の肉体が徐々に透明になっていくのがわかる。ルシフェルがふっと微笑を浮かべながら一言。


「お別れみたいね──」


 そして今までの魔獣のようにカローヴァが消滅していく。カローヴァここを離れるのを拒んでいるかのようにじたばたをしたまま。

 そんな姿を見ながら、安堵の表情でセフィラがささやいた。


「とりあえず、こっちは一件落着ですね」


「そうね、セフィラ。あとは陽君だけよ」


「で、でも、陽君だったら、負けないです。絶対勝つです!」


 強気な表情で拳を握る。しかし、ルシフェルは不安そうに遠くを見つめながら。


「──だといいけどね。私も信じるわ」


 そっと囁いた。

 セミロングの黒髪をたくし上げ、空を見ながら、ルシフェルは俺の心配をする。


(陽君。絶対に勝って──)







 そして、時は少しだけさかのぼり──。


 その姿、俺は唖然とした。


 腰くらいまでかかった赤髪でポニーテールの長い髪。


 右目は赤、左目は緑色をしたオットアイズと呼ばれる瞳の少女。

 かつて魔王軍と戦った戦友ともいえる存在。



「まさか、こんな形で再開するとはな」


「ああ、俺も信じられないくらいだ」



 エミール・キャロル。かつて、俺と一緒に魔王軍と激闘を繰り広げた戦友。

 強さも、今まで戦ってきた雑魚敵や、種族値だけにかまっていた数字だけの奴とは違う。


 まずはこいつの種族値がこれだ。


 ランク A

 HP 75

 物理攻撃 110

 物理防御 80

 魔法攻撃 110

 魔法防御 90

 速度 115


 強すぎる。俺よりも早い素早さ。物理攻撃も魔法攻撃も高い2刀流。おまけに耐久もそれなりに高い。


「まさか、こんな形で再開するとは思ってもいなかったよ」


 彼女の威圧感に、思わず引いてしまいそうになる。しかし、勇気を出してその場にとどまり、会話を続ける。


「俺は、覚悟していたよ。こうして魔王軍になった時から──。お前と戦うのをな」


 いつものエミールは、一言でいえば少年漫画の主人公のような存在だった。


 ひたむきで、明るくて、まっすぐで、無鉄砲。よく笑っていて、自信家だった。

 しかし、今の彼女からは感じる。悲壮感のようなものを……。


「俺は、できればお前と戦いたくなんかない。今すぐ撤退してくれないか?」


「おいおい、何かの冗談か? 槍を向かている相手に、今更敵意を問うのかよ」


 だろうな。こいつは、一時期の感情で悪いことをする奴じゃない。よほど思い詰めている事情があるのだろう。


 俺がどう叫んだところで、彼女の姿勢は変わりはしないだろう。だったら、俺がとるべき行動は、一つしかない。


「魔王を打ち倒した後、お前にどんな事情があったか俺は知らない。けれど、お前が強い思いで今、こうした戦っていることは理解できる」


「まあ、俺とお前の中だ。変な説教をしてこない分、話が早くて助かるぜ」


「ああ、無駄だとわかっているからな。戦ってお前をねじ伏せる以外、解決するしかない。さあ、行くぞ!」


 やることは1つだけ。全力で戦って、こいつに勝つ。

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