第70話 元勇者 これで、勝負ありだ!

1分ほどならなくならない。チャンスだ。俺は一気に踏み込む。そして怒涛の連続攻撃。


 カイテルは逃げ続けるだけ。俺は追う。この反応、俺はよく知っている。


 勇者として戦っていたころ。対峙した魔王軍の奴らはこんな反応を示した。全身が竦み上がり、怯え切った負け犬の反応。肩で息をしながら、小動物のような許しを請う目で俺を見つめ怯えている。


 どう考えても通常の精神状態ではない。顔が引きつり、恐怖におびえているのがわかる。


 よくある小物の悪役タイプだ。弱いやつには居丈高になるくせに、強いやつに運びをへつらうタイプ。

 おまけに、魔王軍との対戦経験がない。つまり、同格以上の相手と戦ったことがないのだろう。


 あったとしても、真剣勝負とは程遠い練習試合程度。


 確かに貴様は強い。単純な数値やパワーであれば俺とほぼ互角だろう。しかしゲームと実際の戦闘は違う。

 この街でずっと引きこもっているお山の大将と、常に強敵たちと戦ってきた俺では経験が違う。


 こういうやつは、自分の全力が通用しない敵。特に自分の全力をたたき折られたり、自分では対処できないような強さを見せつけられると、とたんに動揺する。


 明らかに相手が焦っているのがわかる。立ち直る隙は与えない、これで勝負を決める!


「あのカイテルさんが負けるなんて」


「俺も、初めて見るぞ」


 周囲の観客たちはキョロキョロと互いに顔を合わせ、動揺し始める。

 そして俺はカイテルを壁際に追い詰めた。もう逃げることもかなわなくなった彼が最後に取った行動、それは──。


「カイテル、守るしかできないだなんてみじめだと思わないか?」


 自身の魔力を放出させ、身体を包む鎧を作ることだった。もう、魔力の通常通りでいいだろう。


 意地もプライドも何もかも殴り捨てて守りを固めるだけのカイテルに俺は、魔力の供給を通常に戻し、さらに猛攻をかける。


 確かに全身を魔力で鎧のように追ってしまえば、軽い攻撃では致命傷にはならない。

 しかし、この守るだけの体制は、俺に攻撃する意思を完全に放棄した守備だけの体制。


 それならば俺は、なんのリスクもなく踏み込める。


 当然、一気にカイテルに踏み込み猛攻を仕掛ける。


「よし、カイテルはもうサナギのように鎧に守られながら、攻撃を受けるしかできない。陽君の勝ちよ!」


 ルシフェルの意気揚々とした叫びが聞こえる。カイテルの表情からも相手の考えがなんとなくわかる。

 一気に突っ込み連続攻撃を放っていく俺。


 相手の防御の鎧は、強固ではあるが、攻撃を受けるごとに少しずつはがれていくのがわかる。

 カイテルも時折反撃、がむしゃらに魔剣を振り回すが、全く動きについていけていない。


 ただ彼の魔剣が宙を薙ぎ払うだけ。

 誰が見てもこの試合の趨勢はわかり切っていた。


 ──勝負になっていない。


 よし、次の1撃で勝負を決める。カイテルは、左方向に移動し再び距離をとる。しかし守っているだけな以上、打つ手などない。


 俺は一気に足を踏み込み、カイテルに向かって急接近。お前の天下もここまでだ!するとカイテル、さっきまでの怯え切った表情から一転ニヤリと大きく笑みを浮かべだす。


「功を焦ったな元勇者よ、その報いを受けるがいい!」


 そしてこいつが起こした行動に俺は感心する。


 何とカイテルは自身の魔剣を俺に向かって投げてきたのだ。いわゆる投擲というやつだ。


 普通の武器ではその程度のダメージでは致命傷にならないし、自らの武器を手放すだけの無謀な行為。しかしこいつが持っているのは強力な魔王軍の強力な闇の力が入った魔剣。確かにこれは効果がある。


「フン。今の貴様は勝利を確信し1直線にイノシシのように突っ込んできただからよけることはできまい」


 確かに正解だ。

 今の俺は全力でカイテルに向かっていった。だからよけることができない。


「詰めが甘かったな、元勇者。これで俺の勝ちだ!」


 勝利を確信した顔、確かにこれを食らえば俺は負けだ。


 まさかあそこまで追いつめてあきらめていなかったとは。まるで俺みたいだ。


「陽君!」


 ルシフェルがフェンスから顔を乗り出し思わず叫ぶ。


 その諦めの悪さ、俺は嫌いじゃない。


 でも、勝つのは俺だ!


「よし、元勇者。これで俺の勝ちだ!」


 そしてカイテルの投げた銃剣が俺に直撃、パトラさんはショックで頬かむり、動かない。同時に大ダメージを受け、俺の負けが確定する。


 はずだった──。


「消えた?」


 その姿を見たカイテルや、観客たちが唖然とする。彼の言うとおり、銃剣が俺に当たった瞬間、俺の姿が夢幻だったかのように消滅したのだ。

 慌ててカイテルが周囲に視線を配る。そして理解した。


「消えたんじゃない。上にいるよ」



 その言葉通り、カイテルが見ていた姿は幻だったのだ。俺が使ったのは自らの姿を消し、幻影を作り出す術式。


 コーリング・ミラージュ


 俺がカイテルを追い詰めているとき、カイテルがどこか笑みを浮かべているのを見て、何か策があるということに気づいていた。


 だからあえて無防備で突っ込んだふりをして様子を見ていたんだ。


 まあ、俺が勇者として戦っていた時も俺に奇襲を仕掛け、一泡吹かせようというやつは吐いて捨てるほどいた。

 何度も奇襲を受けているうちに、相手の表情や素振りから奇襲を狙っているかどうかがわかるようになってきた。


 お前の作戦なんて、こっちはお見通しなんだよ!


 カイテルの肉体を闘技場の壁まで吹き飛ばす。


 そしてばたりと彼の肉体は地面に倒れこみ動かない。魔力も尽きているようだしこれで勝負ありだろう。


「審判。まだ戦い、続けさせるつもりか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る