第48話  元勇者 とうとう決着へ

 この術式は強力な斬撃であると同時に、風属性の攻撃を周囲に轟かせる術式でもある。

 斬撃をかわすのに精いっぱいな俺にはどうする事も出来ない。


 攻撃が俺に直撃、肉体は吹き飛び受け身なしで壁に叩きつけられる。


 全身が軋むような痛み。体が悲鳴を上げているのが分かる。久しぶりだぜ、この感覚──。


 足に力が入らない中、痛みに耐えながら剣を土に突き刺し腕に力を込め強引に立ちあがる。

 すぐに次が来るとわかっているからだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」




 そしてハイドが一気に突っ込んで来た。勝負を決めると言う強い気持ちが見ているだけで伝わってくる。



 何とか体の感覚が戻り俺も奴の懐へ突っ込んでいく、接近戦なら俺にだって勝機がある。





 だが──。


(そういう戦い方なら、俺にだって考えがある!!)




 いくら強くても、感情が全くない。

 彼が闇に取り付かれる前、攻守すべてにスキが無く、それを活かしてさまざまな攻め方をされる方がよほど脅威だった。


 今の奴はパワーに任せて突っ込む猪と一緒。




 そして俺はハイドの攻撃をまるで円を描くようにして攻撃をかわす。


「何だと──」


 その行動に驚愕し声を漏らすハイド。だが予想外の行動に一度向けた刃を戻すことは出来ない。


 理屈は簡単、突進してくるハイドの力をそのまま受け流したのだ。

 そしてそのまま俺は一歩進みハイドの背後に入る。

 すぐに体を反転、目の前には無防備な彼の背中。これで終わりだ


 疾風なる翼よ、逆境を乗り越え降臨せよ!!

 テンペスト・クラッシュ!!


 ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!



 ハイドの肉体を切り裂く一撃。全力で放った攻撃を受け、ハイドの体はさっきより倍近くの威力で吹き飛び道を数十メートルほど吹き飛ばした後倒れこむ。


 彼の肉体を包んでいた魔力が蒸発していくように消えていく。魔力が尽きたようだ。


 これで勝負はついた。かなりギリギリの戦いだった。

 正直魔力もかなり消耗した、体が重く疲れきっているのが分かる。結構限界まで戦っていたんだな俺。



「あぶなかった。こんなギリギリの死闘、久しぶりだったよ」




 倒れこみ、意識を失っているハイド。そしてそれをじっと見ているルシフェルとセリカ。一瞬同情する様な視線を送るがすぐに目を閉じる。


「本当に、こいつを倒したのか──」



「どうする、ルシフェル」


「これで私達の役目は終わりよ。あなたの罪を裁くのは彼らよ」


 そう囁きながらルシフェルは右手を上げる。


「罪人に裁きの吹雪を──。召喚せよ、魔族ナイト=ゴント」


 ナイト=ゴント? あいつらに裁かせるつもりかよ!!



「まあ、かわいそうな気はするけれど彼の犯した罪を考えれば当然のことでしょ?」



「やはり、あそこに送るのか」


 俺はその場所を知っているため同情してしまう。

 彼のいる場所に真っ黒い穴が出来る。そして紫色をして邪悪な魔力が伴っている縄が無数に出現し、ハイドの体を縛りつける。


 これから彼が行く場所は極北にある魔族刑務所「イレク=ヴァド」。


 極寒の中にある魔物たちが収監される刑務所のような場所だ。


 昔から重要犯罪人や強力な力を持った犯罪者など、通常の刑務所では扱いきれない犯罪者を収容する場所。

 そしてそれらを監視する魔族「ナイト=ゴント」


 収用への権限を持つのは限られた特別な人物だけだ。ルシフェルとか。

 魔族は世界に干渉しない中立宣言をしている、そして特殊な魔力でその人物の罪を図ることができ、罪が重いと判断した人物はその場で魔族裁判送りとなる。


「人物の罪、承知シタ。我らの裁判を受ける罪の重さを確認、直ちに移送スル」


 どす黒く重い声。

 そしてハイドの体は真っ黒い穴に、吸い込まれていくように穴の中に落ちていく。


 こいつの今後は──、まず魔族裁判で裁判にかけられ罪の重さを決められる。そしてその年数だけ監獄での生活を味わうことになる。

 ちなみにそこではどんな強制労働よりも過酷な地獄が待っているらしい。


 そしてハイドの体が吸い込まれていくと、その穴は閉じ黒い光が消える。

 その姿を見ながらルシフェルは腰に手を当てため息をつく。


「まあ、弟は助けてあげてもいいわ。彼には罪は無いもの」


 そう言い放ちこの場を去っていく。俺はルシフェルを早歩きで追う。


 信じよう──。


 確かに敵ではあったし、やり方も許されるものじゃなかった。でも立った一人の家族を守りぬく、その想いの強さは本物だ、戦った俺が証明する。


 空を見るとさっきより明るくなっているのが分かる、道の先には地平線から日が昇り始めている。もう朝だ──。



 俺はそんな事を考えていると問える変化に気付く。


 ハイドが「イレク=ヴァド」に落ちていった場所が白く光り始めたのだ。


 そしてその光は時間が経つほどに強くなりまるで結び付くように球状の球になる。

 白い球状の光が何十個も現れ、その光は空高く飛び上がる。


「奪っていった魂が、元に戻っていっているのよ」


「それはよかった。この事件は一端解決ということか」



 そして魂の光がこの場から去っていく、きっと元の肉体の所へ帰っていったのだろう。

 よかった、その一言だ。


「本当にすまなかったな。もうこんなことはしない、元気でな」


 そしてセリカが俺達の方向を向く。


「その──、ありがとな」



 セリカ、どこか言いずらそうに礼を言って頭を下げてきた。


「いやいや、礼を言われるような事をした覚えはないよ」


「いや、そんなことはない。お前たちがいなかったら、私は多くの人を傷つけていたと思う」


「あれは仕方ないさ。ろくに教育を受けていなかったんだから。けど忘れないくれ、あの時、俺達と出会った時に胸の中に起きた罪悪感」


 あの時の罪悪感。それは紛れもなく本物のはず。大切な人の魂を奪われたとても悲しんだ時の素顔。

 もう彼女はそんなことはしないだろう。


「ああ、忘れはしない。もう私はみんなを悲しませるようなことはしない、それを見たら絶対止めて見せる」


「そうか、その言葉。俺は信じるよ」


「私も信じさせてもらうわ、よろしくね」



 そう言って彼女はこの場を去っていった。その姿はどこか自信に満ちあふれていた。この先も元気に育ってほしいものだ。

 ルシフェルはく~~っと背筋を伸ばしてリラックスした表情をする。



 とりあえずこの依頼は完了。確かにうまくいかないこともあるし、思いが伝わらないこともある。けど嘆いているだけでは変わらない。一つづつ変えていくしかないんだ。


 大変だけど、いろいろな人達と力を合わせて頑張ろう。


「何にやついているの? 嫌らしい事でも考えていたの?」


 ルシフェルがジト目になりからかうような目つきで俺に質問する、俺は少しあたふたしながら両手を振って答える。


「べ、別ににやついてなんかいないよ」


「本当?」


 事件もひと段落しほっとした雰囲気が2人の間に流れる。この後はどうしようか、ローザやセフィラも誘っていろいろ街を巡ってみようか。


 そんな事を考えながら、俺達はこの場を後にした。

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